「あなた、去年私に丸投げしたよね」

「自由研究」が鬼門であるというのは小学生の親にとっては周知の事実らしい。
これが原因でここ数日、ぼくと子供のあいだは険悪なムードが流れている。

そもそも自発的になにかを研究するなど、大人でもなかなか難しいのに、小学生となると言うまでもない。かなりの選ばれし者でないと無理だ。せめて学校でテーマを考えるくらいまでは導くべきではなかろうか。自分が子供の頃を思い出してみても、やはりまったくやる気がなく。せいぜい最終日に植物の成長記録を捏造するとか、牛乳パックで奇妙なオブジェを作るとか……高学年になるとそもそもやっていなかった気がする。

パートナーにそう言うと「そうよ。大変なのよ。あ、なんだか腹が立ってきた。あなた去年はわたしに丸投げしたよね?」とのこと。また地雷を掘り返してしまった。

そんなわけで急遽図書館で、自由研究にまつわる本を探してみると、ちょうど本棚で特集されていた。みんな悩みは同じか……。

図書館にコーナーができていた自由研究本。みんな悩みは同じ......写真提供/海猫沢めろん

パラパラと読んでみると、なかなかいい本を見つけた。これである。

この本のなにがいいかというと、小学生にもわかるように研究の意味と、なにも考えつかない場合、動機付けなど、かなり根っこの部分から子供に寄り添って書かれているのだ。

「べつになにもやりたくない」

さっそくこれを子供に読ませて、「なにがやりたい?」と聞いてみる。

……べつになにもやりたくない

すきなことから始めるって書いてあるから、お菓子とかサッカーはどう?

「うーん……でもなあ」

煮えきれないらしい。
ディスカッションを重ねていると、子供の集中力が切れてだらだらしてくる。そうすると「おいおい、おまえのためにやってんだぞ!」と、だんだんこっちの腹が立ってくる。はっ……いかん。なんという不毛な喧嘩なんだ……。

ぼくは子供に、自発的になにかをやって欲しいという願望が強い。だから自発性がないところを見ると、過剰に腹が立つのだ。

しかし冷静になって考えると、助けてくれと言われているならともかく親が子供の問題に足を突っ込んでいるこの状況はおかしい
ここは話し合おう。

クールダウンして、「わかった、自分で決めないといけない。ただ、手伝えることがあればなんでもやるんで言ってくれ」ということで待つことにした。