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江戸時代のペットと人を繫ぐ〝けもの医者〟の物語

ー言葉を交わさずに繋がるということー

傷を負った猫との出会い

 

七年前、片目を失ったオス猫に出会った。

元は路上で暮らしていた野良猫だ。顔に大怪我をして飲まず喰わずで何日も彷徨い歩き、ついに行き倒れたところを、偶然通りかかった人に助けられたという。

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当時の私は、念願のペット飼育可物件に引っ越したばかりだった。これまで封印していたペットの里親募集サイトに、胸を高鳴らせて初めてアクセスした。

トップページの新着コーナーに現れたのが、彼の顔だった。長い入院生活を経て顔はげっそりと窶れ、その頃はまだ顎が横にずれて、右目の大きな縫い跡が目立っていた。

一目見て、彼を家族として迎え入れると決めた。

運命を感じた、恋に落ちた、雷に撃たれた。いくらでも劇的な言葉が見つかる。

しかしそのときの私の気持ちは、きっとそれほど煌びやかなものではなかったはずだ。

動物を飼うということは、心躍るショッピングとは違う。文句ひとつ言わず健気に私の帰りを待ち望んでくれる、都合の良い恋人ができることとは違う。

カメラの前で身を縮めた彼の姿が、そんな当たり前のことを私に気付かせてくれた気がした。

『お江戸けもの医 毛玉堂』は、江戸時代の獣医、〝けもの医者〟の物語だ。

かつては人間相手の名医と呼ばれた過去を持つ〝けもの医者〟の凌雲と、妻の美津。ぎこちない夫婦が力を合わせて、飼い主とペットの間に起きるさまざまな問題を解決していく。

〝生類憐みの令〟を遠い昔に過ぎた、明和年間。江戸では空前のペットブームが起きたという。

たくさんの人が犬猫を飼い、我が子同然に可愛がった。絵師はさまざまな動物の姿をこぞって描いた。

皆、この浮世を存分に楽しみ、愛する相手との別れのときを少しでも先延ばしにしたいと願って生きていた。

高度な外科手術など存在せず、特効薬もない。

そんな時代に、動物のお医者さん、〝けもの医者〟がいたとしたら──。

私は猫を撫で回しながら、そんな光景を想像した。

動物は言葉を話さない。涙も流さないし笑顔も浮かべない。

だから彼らの想いを受け取るのは、すべて飼い主の心ひとつだ。