ソニーとシャープ「驚異の復活」を遂げた二社の意外な共通点

これが日本企業の底力だ
加谷 珪一 プロフィール

特別なことをしたわけではない

平井氏は、管理部門出身で、当時はソニーコミュニケーションネットワーク(現・ソニーネットワークコミュニケーションズ)の社長を務めていた吉田憲一郎氏(現ソニーCEO)に白羽の矢を立て、2013年に執行役に、2015年には副社長に抜擢した。主要ラインからは外れていたと思われていた吉田氏を引き上げた理由は、吉田氏が数字の鬼だったからである。

平井氏は、VAIOのブランドで知られるパソコン部門のファンド売却、テレビ部門の分社化など、事業のスリム化を進めてきたが、吉田氏の経営参画で、この動きはさらに加速した。

事業の見直しに加えて平井氏は資産の売却も断行している。同社の象徴でもあったニューヨーク・マジソン・アベニューのビルやソニーシティ大崎など、超優良物件をことごとく売却して資金を捻出。平行して徹底した人員整理を行い、最終的には従業員数は2万人近くも減った。

〔PHOTO〕Gettyimages

既存事業についてもムダを排除し、すべてのプロジェクトで利益体質になるよう数字の精査が徹底された。当初はなかなか具体的な数字につながらなかったが、2016年頃から、徐々にその効果が現われ、業績が上向くようになってきた。平井氏は過去最高益の更新を花道に引退。後任のCEOには吉田氏が就任し、現在に至っている。

ソニーは、平井・吉田体制になって何か特別なことをしたわけではない。ソニーほどの知名度があれば、既存のビジネスを精査し、ムダを排除するだけでもかなりの利益を捻出できる。逆に言えば、ブランドに慢心した企業というものが、いかにコストにだらしなくなるのかということの裏返しでもある。

実はこの話は、経営危機をきっかけに台湾・鴻海精密工業の傘下に入り、見事、復活を果たしたシャープにも当てはまる。

 

トップ交代からわずか半年で黒字転換

シャープはもともと、家電を得意とする消費者向けの電機メーカーだったが、2000年頃から本格的に液晶デバイス事業への転換を図り、液晶関連の生産ラインを大幅に拡大した。ところが、液晶の価格破壊が一気に進んだことから、巨額の設備投資負担に耐え切れなくなり、2012年3月期から連続して巨額赤字を計上。2015年3月期には累積の損失が1兆円近くに達し、同社は経営危機に陥った。

土壇場でシャープを救ったのは、iPhoneの製造請け負いで知られる台湾の鴻海精密工業だった。鴻海は2016年夏に、同社幹部だった戴正呉(たい・せいご)氏をシャープに送り込み、経営再建に乗り出した。