実は日本人の死因第3位「老衰で死ぬ」とはどういうことか

どこも悪くなかったのに…の研究
週刊現代 プロフィール

「その頃になると、父の動きは目にみえてスローモーションになっていきました。たとえば歯を磨くときも、コップを手にもったまま10分ほど洗面台の前で立ち尽くしているんです。どうしたのかと声をかけても、『おぉ……』と返答するだけ。

それまではうるさいほどお喋りな性格だったのに、会話のキャッチボールすらままならなくなる。性格まで変わったように大人しくなってしまいました。孫たちと遊ぶ時間をなによりの楽しみにしていた父を見てきた私としては寂しい限りでした。

 

父は庭いじりも趣味で、毎日のように庭でガーデニングをしていました。ですが、亡くなる2週間前からは外に出る気力も感じられず、縁側に腰かけてボーッとしていた。体に苦しみや痛みが出ている様子はありませんでしたが、思い通りに体を動かせないことに本人もどこか納得がいっていないようでした。

無理に食べさせていた食事も、亡くなる1週間前になるとほとんど受けつけなくなった。水も一日に300mlも飲めればまだいいほう。本当に舐めるだけなんです。布団に横になる時間も増えていった。体の水分が抜けて、まるで木が枯れていくような印象を受けました」

Image by iStock

細胞が老化すると「炎症性サイトカイン」と呼ばれる免疫物質が体内で大量に発生する。この物質が分泌されると体内の臓器が炎症を起こし、一気に機能低下が起きてしまう。幸助さんの動きが緩慢になったのも、これが原因だ。

たとえば筋肉がサイトカインによって炎症を起こすと運動機能が衰える。その結果、肺を動かす筋肉も動かなくなってしまい、呼吸も浅くなっていく。そうやって、少しずつ生命維持が難しくなってしまうのだ。

当然、最後の1週間を迎えるころには、慎太郎さんも父の先は長くないと感じ取っていた。

普段の会話の中で、かねてから幸助さんは「絶対に病院で薬漬けになって死にたくない」と語っていた。そんな経緯もあって、慎太郎さんは万一のことがあっても父を病院に連れていかず、自宅で看取ることを決意した。

最後の3日間、衰弱していく幸助さんの傍にいながら、慎太郎さんは父の体調が急変したときに備え、緊急の連絡網などを整理した。だが、それと同時に、この3週間の幸助さんの変調をまだ受け入れられないでいた。心の準備がどうしても追いつかなかったのだ。

「それまでは、老衰にはゆっくり時間をかけて死んでいくイメージがありました。私自身も、素敵だな、そんな形で最期を迎えたいな、とすら願っていた。でも、いざ父が衰弱していく現実に直面すると、『あんなに元気だったのに、こんな急に体調が変わるのか』というのが率直な思いでした。

残りの2日、父は寝たきりの状態になり、目はずっと閉じたまま。一切なにも口にしなくなり、ベッドに横たわったまま死んでいきました。

死後、周囲からは『お父さんも老衰で穏やかな最期を迎えられて、よかったね』と気遣う声をかけてもらいました。でも、私としてはどこか釈然としない気持ちでした。どうしても、『どこも悪くなかったのに、なんでこんな急にいなくなったんだ』というモヤモヤが消えませんでした」

関連記事