餓死、物乞い、スリ…戦争が生み出した「浮浪児」その厳しすぎる生活

金もなければ食べ物もない
石井 光太 プロフィール

記憶しておかなければならないこと

こうした浮浪児たちが、上野でどのように死を潜り抜けて生き、70数年の人生を駆け抜けていったのか。詳しいことは、拙著『浮浪児1945-―戦争が生んだ子供たち―』をお読みいただければと思う。

ただ一つ書き記しておきたいのは、同じ路上の住民だけでなく、一般市民も浮浪児の救済に立ち上がったということだ。

ある人は、上野駅で出会った浮浪児たちを放っておくことができず、自宅に次々と連れ帰り、私財を投じて育て上げた。こうしたところが、数年後には今の児童養護施設となっていく。現在ある児童養護施設の中には、そうやってできたところも少なくない。

 

終戦から74年。

1945年8月15日は、日本軍の兵士にとっては戦争の終わりだったかもしれない。だが、親を失い、路上に放り出された浮浪児たちにとっては、長い長い苦しみの人生のはじまりだった。

そのことを、私たちは記憶しておかなければならないだろう。