「仕事にウンザリ」ありがちな違和感が、あの「偉大な発明」を生んだ

新連載「AIブームの次にくるもの」
松田 雄馬 プロフィール

イチジクにはオスの木とメスの木があり、昆虫に花粉を運んでもらわなければ受粉できない。だがその送粉をできるのは、蜂の一種であるイチジクコバチだけだ。一方、イチジクコバチはイチジクの中にしか卵を産むことができない。

イチジクコバチイチジクとイチジクコバチとの共生関係 Illustration by Getty Images

リックライダーは、このような生態系における「切っても切れない共生関係」に着想を得て、人間とコンピュータとの関係が、どのように「共生」していけるかということを分析した。

彼が、AIの技術を開発する技術者という立場であったら、こうした概念は描けなかったかもしれない。人間についての探究を行う心理学者であったからこそ、描けた概念であったと考えられる。

リックライダーは、当時の大勢のAI研究者の考え方とは異なり、コンピュータが人間のようになるという未来を描いてはいなかった。彼は人とコンピュータとの違いを冷静に分析したうえで、このように断じていたのである。

「人は目標を定め、仮説をまとめ、尺度を決め、評価を実行する。計算機械はルーチン化された仕事はするが、それは技術的かつ科学的思考の洞察や決定の材料に過ぎない」

「知」を蓄積するのは誰か

そしてリックライダーは、「共生」という考え方を軸に、人間の「知」の在り方についても考察を深める。

1965年に著した「未来の図書館(Symbiont)」という報告書の中で、彼は、人間の「知」がネットワークを介して繋がる情報通信の在り方について提唱する。

当時、すでに「人工的に作り上げたAIが情報を蓄積する」という図式がよく描かれていたが、それとは一線を画した発想である。AIではなく人間が「知」を共有することによって、「人間はこれまで誰も考えたことのなかった方法で考えることができ、マシンはこれまで到達できなかったデータ処理が可能となる」という未来を描いたのだ。

この構想が、アメリカ国防総省国防高等研究計画局(ARPA)に受け入れられ、非軍事の将来性のある技術として、投資を受けた。

彼は、ARPAの研究部門IPTO(Information Processing Techniques Office)の部長に任命され、「地球規模のコンピュータ・ネットワーク」を構築する「ARPANET」と呼ばれるコンピュータ・ネットワークの研究開発を牽引することとなった。

これがまさに、現在の私たちが日々利用している、インターネットの原型である。

すなわち、私たちの生きるこの情報社会を支える根本思想は、「コンピュータが人間に取って代わる」という思想ではなく、「人間とコンピュータが共生する」という思想だと言えるのである。

リックライダーの業績は、インターネットの発明にとどまらない。

彼が後任に指名したアイバン・サザーランドは、リックライダーの「人とコンピュータとの共生」という思想の影響を大きく受け、「Sketchpad」という、当時としてはまったく新しいGUIという概念を用いたコンピュータシステムを発明した。

誰もが画面を使って直観的にコンピュータ操作ができるという、今、私たちが当然のように使っている技術のことである。

サザランドアイバン・サザーランド(2011年撮影) Photo by Daniel Cukier / Flickr

そして、その弟子にあたるアラン・ケイは、「ダイナブック構想」という、子どもでも持ち運べる手軽なパーソナルコンピュータを考案した。その試作品を視察したスティーブ・ジョブスが、Macintoshを開発し、現代の情報社会に繋がっていくのである。

研究者が「考える」時間は何%?

リックライダーを始祖とする情報社会の系譜は、単なる情報技術史の枠を超え、これからの未来を予測するための道標になると筆者は考えている。

どういうことか。リックライダーの伝記をひもといてみると、そこには、「新しい時代を創った天才」というよりは、私たちのうち誰にとっても共通する「人間らしさ」が垣間見える。

この「人間らしさ」にこそ、未来を予測する鍵があるのだ。

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