由紀さおり『夜明けのスキャット』は、なぜかくも人を感動させたのか

時代の空気に合っていた
週刊現代 プロフィール

山上 あの歌詞は、締め切りの最終日、夜を徹して書き上げたものです。いずみさんに立て続けにボツを食らった後で、もうアイディアが枯渇してしまって、歌詞が出てこないんですよ。

それでも机に向かっていると、やがて夜が白みはじめ、意識が朦朧としてきました。その時、ふとある場面が頭に浮かんできたんです。まだ皆が寝静まっている夜明けに、天蓋付きのベッドで男女が静かに愛し合っている。

それを、天蓋から垂れるレースのカーテン越しに見ている、美しい光景でした。「あっ、これだ」と思い、一気に書き上げました。

 山上さん自身が、まさに夜明けに書かれた歌詞だったんですね。僕の中では、中間テストの勉強に必死になっていると、夜が白々と明けてくる。その光景と重なる歌詞だと思っていました。

そんな歌詞の雰囲気が生きたのも、由紀さんの歌声があってこそですよね。

(Photo by gettyimages)

渋谷 当時20歳だった由紀さんは、透き通るような声で、音符に忠実に歌っていますよね。純粋無垢という言葉がぴったり。当時CMソングの歌手としては知られていた由紀さんも、正直、レコード歌手としては、技術はあまりなかった。

山上 CMソングはシンプルな歌い方が求められる一方、歌謡曲の歌手は自分の特徴がないと売れにくいですからね。

 

渋谷 でも、『夜明けのスキャット』の曲調には、由紀さんの抑揚のない、まっすぐな歌い方がベストだったと思います。

 当時、結婚を控えていた由紀さんは、歌手をやめることを考えていたそうですね。『夜明けのスキャット』のレコード化を渋っていたところを、いずみさんが何とか説得して、「由紀さおり」としてデビューすることになったと聞きました。

山上 それは僕も知りませんでした。僕はCM歌手時代から彼女のファンだったので、レコーディングのスタジオで、あの歌声を聴いてとろけていましたよ。曲の原形はすでにできていた分、レコーディングはすんなりと終わった記憶があります。由紀さんの歌声がスキャットにハマったことも大きいでしょう。

渋谷 いい意味で表情のない、あの歌声だからこそ、ラジオを聴いている人にインパクトを与えたんでしょうね。

 そういえば、僕がラジオでよくこの曲を聴いていた当時、テレビでこの曲を聴いた記憶がないんですよね。歌声は何度も聴いているんだけど、しばらく由紀さんの顔がわからなかった。そういう匿名性が、あの曲の神秘性を高めた部分はあるでしょうね。

由紀さんは'70年代後半にバラエティ番組に出るようになりますよね。「あの透き通った声のお姉さんが達者にコントをやっている」と、新鮮な驚きがありましたよ。

山上 たしかに、発売当初は、由紀さんはあまりテレビに出ていませんでしたね。そう考えると、露出の少ない中、150万枚とは、よく売れました。レコードのプレスが間に合わず、日本海側のレコード屋まで行き渡らなかったなんて話も聞いています。