フランスでも衰退? 哲学教育の危機

変わるカリキュラムとバカロレア
西山 雄二 プロフィール

新設される専門科目「人文学 文学と哲学」

今回の改革で、哲学と文学をより深く学びたい学生のために、専門科目「人文学 文学と哲学」が新たに設定された。

国民教育省のパンフレットによれば、この科目が目指すのは、「数多くの作品の読解と発見を通じた、あらゆる時代の文学と哲学の学習」で、「学生の思考を洗練させ、教養を発展させること」が目的である。「複数の視点から分析し、自分なりに論証した見解を述べ、人間性をめぐる主要な争点について議論する学生の能力を伸ばす」とされている。

これまでの指導要綱では基本主題と思想家が提示され、その順序や教え方は教師の裁量に任されていた。今回の要綱では、各学期で大テーマが定められ、参照されるべき時代区分が組み合わせられ、小テーマが三つずつ提示されている。

学年・学期

大テーマ

時代

小テーマ

高校2年前期

言葉の力

古典古代〜中世

言葉の技術

言葉の権威

言葉の魅力

高校2年後期

世界の表象

ルネッサンス

〜啓蒙主義時代

世界の発見と文化の多様性

描写・表現・想像

人間と動物

高校3年前期

自己の探求

ロマン主義時代

〜20世紀

教育・伝達・解放

感性の表現

私の変貌

高校3年後期

現代の経験

20〜21世紀

創造、連続と断絶

歴史と暴力

人間とその限界

哲学と文学の教員が共同して授業を組み、人間の文化を多角的に理解するために学際的なアプローチが奨励される。哲学と文学だけでなく、科学、芸術、政治学、法学、経済学、経営学、医学の知識も活用してよい。この専門科目の履修対象者は、教育、文化、メディア関係の仕事に関心がある学生とされる。

専門科目「人文学 文学と哲学」の要綱に対して、高校・大学の哲学教員、主要な哲学教員団体から抗議の声が上がった。

彼らの批判によれば、人間の文化一般を教えるという名目の下で、哲学教育の質が低下してしまう。哲学は、批判精神を養うという目的を失い、人間主義の教理を伝播するという役割しか果たさない知的な道具に成り下がってしまうのではないか。また、大テーマと時代区分という構成は実に大雑把で、学生が効果的に学習できるような整合性がとれているようにはみえない。そもそも要綱で提示されている概念と思想家の数が不十分である。

 

人文学の活力をいかに保ち続けるか

以上のように、バカロレア試験に哲学科目が残されたものの、要するに、その象徴的な立場は以前とはまったく異なる。また、専門科目「人文学 文学と哲学」の新設に現場の教師は当面困惑させられるだろう。

今回の改革は「哲学教育への毒まんじゅう」だと揶揄する教員もいるが、フランスの高校教育における人文学の退潮が予想されている。

ただ他方で、哲学の活動は学校教育制度に限定されず、ここ30年ほどでフランスの社会のいたるところで展開されてきた。市民大学や哲学イベントの開催、哲学カフェの創設と伝播、哲学のラジオ番組の放送、一般向けの哲学雑誌の刊行、子供向けの哲学対話の実践など、多様なスタイルで哲学が民主化されてきたのも事実である。

教育制度の内外で人文学がいかにその活力を保ち続けるのか――フランスの現状は私たちが参照するに値する事例なのである。

関連記事