別れるなら君も子供も…DV夫から逃げる妻を襲う「嫡出否認」の不条理

120年前の法律に苦しめられる女性たち
松岡 久蔵 プロフィール

A子さんのケースに戻ろう。このときA子さんはBと離婚していなかったため、A子さんとCさんの間に生まれた長女は法律上、自動的に「Bの子供」とみなされてしまう。つまり、もしCさんの子供としたい場合は、家庭裁判所でBに「嫡出否認」の訴えを起こしてもらう必要が出てくるというわけだ。

ただ当然、常軌を逸したDVや暴言を繰り返すBに接触すること自体、A子さんにとっては危険をともなう。A子さんは当時の状況についてこう振り返る。

「もし長女をBの戸籍に入れた場合、Bとのつながりを再び持たざるを得なくなります。そうなれば、せっかく逃げてきたのに、また私や家族の命が危険にさらされる。まして、私が別の男性との子を妊娠したと知られたら、Bが怒り狂うのは目に見えていました。だから、長女の出生届を出すことを断念するしかなかったのです」

 

長女も孫も「無戸籍」に

結果として、長女は無戸籍児となってしまったが、幸いにも区役所に事情を説明すれば、他の子供と同じように義務教育や健康診断を受けることもできた。

ただ、長女が7歳になった時、「親の海外赴任に付いていった友達を訪ねたい」とパスポートを作ろうとした際、戸籍の提出を求められた。外務省や自治体の旅券事務所に何回も出向いたものの、「Bの籍のものなら出せるが、それでもいいか」と言われ、断念しなければならなかった。

その後、成人した長女は事実婚して孫を2人産んだが、母親が無戸籍のため、どちらも無戸籍となった。長女は、上の子の戸籍について「前の夫の氏(うじ)になる」と言われ、裁判所に不服申し立てをしたところ却下された。

長女だけでなく、孫までも無戸籍になった――。絶望的な思いに襲われたA子さんだが、戸籍を申請すると、Bが数ヵ月前に死んでいたことが判明する。

「Bが死んだと分かったときは、体中の力が抜けました。もう自分を追って危害を加えようとする人間はいないんだ、と安心したんでしょうね。

実は、長女が3歳になった時、Bの方から『離婚したい』という手紙が実家に届き、離婚することができたのです。ただ、Bに嫡出否認の訴えを起こしてもらうと、Cや長女の存在を知られてしまう。Bが死んだことで、やっと長女や孫の戸籍を作る手続きに入れると思いました」