# コンプライアンス

日本の企業と社会を破滅させる「過剰コンプライアンス」のヤバイ正体

上司の保身で未来をつぶすな

法令順守とは保身の言い訳にしか過ぎない

世の中「法令順守」がはやりである。しかしブームというものは、過ぎ去ってしまえば「あれはいったい何だったんだ?」と思うようなものが大半である。

確かに「法令順守」といわれると、真正面から反論しにくい雰囲気がある。犯罪集団と関わりを持つようなことは行うべきではないし、それを制限するルールの必要は筆者も否定しない。また、「自由」は尊いものであるが、それぞれの個人の「自由」を保証するための、国家・法律は絶対に必要である。

しかし、現在世間を覆っている、過度なコンプライアンスという雨雲がいずれ雨や嵐となり、日本を破滅に導くことを恐れる。

 

コンプライアンスには大きく分けて3つの問題点がある。

(1) コンプライアンスが保身の隠れ蓑になっている
(2) 法律やルールで人々の行動を極度に制約するのは独裁国家のやり方である
(3) 悪人は、法律を守るのではなく抜け道を探す

1つ目の「コンプライアンス」が「保身」の隠れみのになっている事実は読者も日々体験するであろう。

例えば、革新的な新製品の企画を上司に提案したとする。ところが上司は「企画のこの部分がコンプライアンスに抵触するね」と言ってあっさり却下してしまう。企画の革新性・斬新性などまったく考慮しない。

この上司の頭の中にあるのは「わが身の安全」のために「問題を起こさない」ことだけなのである。

ピーター・F・ドラッカーは「絶対失敗しない唯一の方法は、何もしないことである」と看破している。

確かに、「チャレンジしなければ失敗しない」のは道理で、減点方式が主流の日本企業(特にメガバンクをはじめとする銀行)では、「何もしない人間」が出世しやすい。その隠れ蓑に「私はコンプライアンスを徹底しました」という言い訳ほど都合が良いものは無いのである。

ちなみに、ドラッカーは「失敗したことが無い人間を絶対にマネージャーや役員などの責任ある立場にしてはならない」と述べている。

そのような人物がチャレンジしたことが無い小心者であるという点もあるが、より大きな問題は「失敗したことが無い人間は、初体験の失敗でパニックに陥り誤った判断を下す可能性が高い」ということである。

自分の失敗は「何もしない」ことで回避できるが、マネージャーや役員になれば、部下をはじめとする「他人の失敗」にも対応し、責任を取らなければならなくなるのだ。

なお、もう1つの出世戦略の「ゴマすり」については、当サイト3月30日の記事「ゴーンもかつてそうだった…組織のトップは概ね『ゴマすり屋』である」を参照いただきたい。

現在、日本の大企業が疲弊しているのは、行き過ぎたコンプライアンスでトップに立つ人間が「保身」と「ゴマすり」以外の特技を持たなくなったことに大きな原因があると思う。