「怒りが最高のエンタメ」と化した令和のネットで、破滅を避ける方法

御田寺圭×ハヤカワ五味 特別対談
御田寺圭, ハヤカワ五味

「怒り」がSNSを荒廃させた

ハヤカワ 印象論ではありますが、真面目な人のほうが、ネット上で傷ついているように見えます。というのも、飛び交う意見や誹謗中傷のひとつひとつの向こう側に、ちゃんと誰か人間がいると思って対応するから、受け止めきれなくなってしまうからです。

悲観的かもしれませんが、いまみたいな状況が行き着くと、最終的には「もうSNSには、ちゃんとした人は残ってないよ」という認識に変わっていくのかもしれません。そこからまた別のSNSに移るのか、SNSそのものが廃れてゆくのかはわかりませんが。

 

御田寺 重要なご指摘だと思います。最近のネット社会は、だれもが大切な情報や有益なチャンスにアクセスできるように見えて、実際はクローズドな場所にチャンスやリソースや情報を囲い込み始めている。ちゃんと「話が通じる」人の間だけでこっそり回し合って、オープンな場所には漏らさない。だれもがアクセスできる場所には、だれも大切なことを発信しなくなった。「怒り」がまるで悪貨となって、良貨を駆逐してしまったかのように見えます。

ハヤカワ ライターや経営者に、SNSから有料のnoteとかサロンに移行する人が増えているのも、そういう流れの表れなんでしょうね。実際、コンテンツを有料にすると、誹謗中傷の類はまず現れなくなりますから、私も最近は有料コンテンツに引きこもりがちです。

初期のSNSは、何かすごく好きなものがあるとか、何かためになることを発信したいという人が多くて、「怒り」のようなネガティブな感情が主流なコンテンツにはならなかった。多くの人にSNSが普及して参加者が増えるほど、一番手っ取り早く共通項になるのはネガティブな感情だ、ということになってしまったのではないでしょうか。

御田寺 「共感」そのものは感情的にニュートラルで、その触媒はポジティブ・ネガティブどちらでもありえるのですが、世の中にはポジティブな話題よりもネガティブな話題のほうが多く出回っている、というのもあるでしょうね。

ハヤカワ でも結局、「怒り」で共感を広めてお互いを潰し合うことがみんなの求めるものなのであれば、やっぱり私のようにそれにストレスを感じてしまう人間は、SNSから距離を置くしかないのかな、と思います。