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硬直的で同質的…日本社会の変化を阻む「しくみ」の謎に迫る

私たちの「働き方」はこうして生まれた
7月刊の小熊英二『日本社会のしくみ』(講談社現代新書)が発売まもなく重版が決まり、累計3万5千部を突破した。600頁超の本書は、なぜ執筆され、何が書かれているのか。社会学者・小熊英二、渾身の書き下ろしの背景に迫る。

同質集団を作り出す“原理”

2018年6月21日の『日本経済新聞』に、こんな記事が載った。タイトルは「経団連、この恐るべき同質集団」。

その内容は、経団連の正副会長一九人の構成を調べたものだ。全員が日本人の男性で、最も若い人が六二歳。起業や転職の経験者がゼロ。つまり、「年功序列や終身雇用、生え抜き主義といった日本の大企業システムの中にどっぷりとつかり、そこで成功してきた人たち」だとこの記事は報じている。

この記事は、19人のうち「会長以下12人が東大卒。次いで一橋大が3人、京大、横浜国大、慶応大、早稲田大が各1人だった」とも述べている。京大をのぞいて、すべてが首都圏の大学卒業生ばかりであることも、この記事は問題だと指摘している。

ただし、卒業した大学名は詳細に記されているが、学部や専攻については何も述べていない。学校名は問題だが、何を学んだかは問題ではないのだ。

なぜこうなるのか。そこには、どういう原理が働いているのか。そうした「日本社会のしくみ」は、いつの時代に、どうやって形成されたのか。それは、他の国のしくみとは、どこがどう違うのか。

この本では、そうした問題を探究する。

日本社会の構成原理

ここで、先の日経新聞の記事を手はじめに、日本社会を構成する原理を考えてみよう。

①まず、学歴が重要な指標となっている。ただし重要なのは学校名であり、何を学んだかではない。

②つぎに、年齢や勤続年数が、重要な指標となっている。ただしそれは、一つの企業での勤続年数であって、他の企業での職業経験は評価されない。

③ その結果、都市と地方という対立が生じる。何を学んだかが重要なら、必ずしも首都圏の有名大学である必要はない。

④そして、女性と外国人が不利になる。女性は結婚と出産で、勤続年数を中断されがちだ。また他国企業での職業経験が評価されないなら、外国人は入りにくい。

このうち③と④、つまり「地方」「女性」「外国人」の問題は、①と②の結果として生じた問題と考えることができる。さらに非正規雇用や自営業との格差も、①と②の結果として生じたものだといえるだろう。

つまり、①何を学んだかが重要でない学歴重視、②一つの組織での勤続年数の重視、という二つが、「日本社会のしくみ」を構成する原理の重要な要素と考えられる。

またこうした「日本社会のしくみ」は、現代では、大きな閉塞感を生んでいる。女性や外国人に対する閉鎖性、「地方」や非正規雇用との格差などばかりではない。転職のしにくさ、高度人材獲得の困難、長時間労働のわりに生産性が低いこと、ワークライフバランスの悪さなど、多くの問題が指摘されている。

しかし、それに対する改革がなんども叫ばれているのに、なかなか変わっていかない。それはなぜなのか。そもそもこういう「社会のしくみ」は、どんな経緯でできあがってきたのか。この問題を探究することは、日本経済がピークだった時代から約30年が過ぎたいま、あらためて重要なことだろう。

本書では、こうした問題を解明するために、以下のような構成をとっている。

まず第1章では、日本の生き方の類型として「大企業型」「地元型」「残余型」という三類型を提起する。日本の大企業システムのなかで生きている「大企業型」、自営業や農林水産業など地域に根ざして生きている「地元型」、そのどちらにも足場のない「残余型」という類型だ。この三類型という視点から、日本社会の全体像を把握する。

第2章では、欧米など他国の働き方を、日本の働き方と対比する。さらに第3章では、他国の働き方が、どのような歴史的経緯でできあがってきたかを概観する。これによって、日本の働き方、生き方にどういう特徴があるかをつかむ。ここには働き方だけではなく、教育のあり方や、社会保障のあり方も含まれる。

第4章と第5章では、明治時代にさかのぼり、日本型雇用の起源を探る。ここで、「学歴」と勤続年数の重視が、どういう起源から発生したのかを解明する。あわせて、定年制や定期人事異動、新卒一括採用など、日本に特徴的な慣行の起源も論じる。

第6章は敗戦から高度成長前まで、第7章では高度成長期までを論じる。この時期には、戦前には限定された範囲でしか存在しなかった日本型雇用が、大きく広まっていく。だがこの時期は、それとは別のあり方を、経済界や政府、労働組合などが模索していた時期でもあった。それらの経緯を知ることは、未来を考えるうえで欠かせない。

第8章は、1970年代から現代までの経緯を追う。1970年代の後半には、すでに日本型雇用の問題点が、いろいろな形で露呈していた。また正社員と非正規労働者という、「新たな二重構造」も発生し始めていた。それらの問題が指摘されながら、二一世紀まで問題が持ちこされた経緯を概観する。

終章では、以上の検証を学問的に分析したうえで、今後の改革の方向性を考える。

本書が検証しているのは、雇用、教育、社会保障、政治、アイデンティティ、ライフスタイルまでを規定している「社会のしくみ」である。雇用慣行に記述の重点が置かれているが、それそのものが検証の対象ではない。そうではなく、日本社会の暗黙のルールとなっている「慣習の束」の解明こそが、本書の主題なのだ。