日本のコンテンツ産業を没落させた、悪しき「サブカル信奉」

日本はすごい「教養大国」・後編
川崎 大助 プロフィール

モデル国家は、イギリス

そして今日、教養主義、バックグラウンド勝負の風潮は、強まりこそすれ、弱まる気配は一切ない。スポティファイやユーチューブで一日中遊んでいるだけの中学生が、いい年の大人がおよびもつかないほどの「教養」をいつの間にか身につけている、なんてことが普通にあるのが現代だからだ。

ドラえもんの「どこでもドア」情報版とも言えるのが今日のネット空間だ。ウィンドウのなかに「行き先」を書き入れるだけで、(ほとんど)どこにでも行ける。(ほとんど)いかなる情報にもアクセスできる。時間をも平気で超える「どこでもドア」を、いま我々は、大抵の人は最低でもひとり一個ずつ、ポケットのなかに持っている。

だから逆に言うと、最も重要なのは「行き先はどこか」ということになる。ドアの持ち主であるあなたが「正しい行き先を『選ぶ』能力があるのか?」ということだ。本当に行くべき先の「名前」を、知っているのか? ということだ。このとき「行き先の正しさ」を下支えしてくれるものこそが、今日的な「教養」の一端だ。

コンテンツ産業において、僕が考える「日本のモデル国家」は、アメリカではない。まずはイギリスを目指すべきだ。伝統と革新の国・イギリスは、言うまでもなく「教養主義の権化」という一面がある。労働者階級のちんぴらが、日雇いで得たカネにあかせてエドワード朝ふうのスーツを仕立てて、結果的にいたるところで大流行させるような文化的風土がある。

じつは、そうした側面、個性の質は日本ととてもよく似ている。

そこに至るまでのアイデアの源泉候補たらんとして、一冊の本を僕は書いた。『教養としてのロック名盤ベスト100』(光文社新書)と題した同書は、洋楽ロックの「究極の名盤アルバム100枚」を選び、ランク付けしたものだ。米〈ローリング・ストーン〉と英〈NME〉という、音楽界を代表する2大メディアがそれぞれ選んだ各500枚、つまり計1000枚のアルバムから、僕の主観をまったく介在させず、数学的に抽出した100枚を掲載した。

結果的に、いかにロックにくわしい人でも驚愕必至の「とても偏った」、しかし同時に説得力は異様に高い、個性的なセレクションとなった。この一冊が、洋楽ロックという教養の「核」へと接近していくための、格好の糸口となることを僕は期待する。

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