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ワン・ダイレクションもBTSも、みんなジャニーズから学んだはず

日本はすごい「教養大国」・前編

「教養の時代」が始まっている。ここ日本でも、本格的に。とくに社会人というか、巷間よく言われる「ビジネス・パーソン」のあいだで、ちょっとした「教養ブーム」「教養主義」が静かに深く進行中だ。

 

端的に言うと、これは「未来は過去にしかない」という考え方だ。「流行りのものよりも『残っている』もののほうに価値がある」という発想であり、過去に築かれた「価値あるもの」から学んだことこそが最も「役に立つ」という姿勢を指す。

これが理系や人文学系統への知識欲としてだけではなく、文化・芸術分野にまで及んでいるところに、この潮流の本物度、本気度を見てとることができる。

あるいはまた、ここに僕は、なにかと低迷する日本産業界大復活の可能性を見る。なぜならば、じつは日本とは、一面、大変な量の教養をすでに埋蔵している「教養大国」だからだ。「掘れば出てくる」鉱脈がまだまだある、豊かな地だからだ。そのことを、僕の得意分野であるポップ音楽界の動向を中心に解説してみたい――。

ポップ音楽界は「教養」が主導している

まず注目していただきたいのが、いま地球上で一番売れている音楽ジャンルは「教養」なくしてやれない、という事実。ヒップホップ音楽、および同影響下にあるものがそれだ。ときに荒っぽいように見えて、じつは正面から「教養主義」なのがこの系統だ。

だって音源をサンプリングするのだから、過去のレコードを聴かずにヒップホップ音楽は作れない。DJひとつやれない。だから一般論的に言って、ヒップホップ音楽の制作者たちは、「レコード芸術について」とても教養豊かで「なければいけない」。

つまり、先人が築き上げ、いったん「価値」が認められ、そしてその後の風雪を越えてもなお「消え去ることなく」存在し続けているもの――ここからビジネスに有用なアイデアを抽出することで繁栄している音楽ジャンル「こそが」いま最も売れているわけだ。21世紀のポップ音楽界は「教養」が主導している、と言い換えてもいい。

同様に、ファッションも完全に「教養の時代」になって久しい。スター・デザイナーの独自発想だけで世を渡れた時代は80年代に終わった、とよく言われる。そこからあとは、まさにヒップホップ音楽のごとく「過去からのサンプリング」が企画の主軸だ。発売日に原宿で来日外国人含む購入希望者の長い行列ができる「最新スニーカー」の大半は、90年代や80年代など「過去に人気があった、伝説的なモデルの復刻」だ。

こうした例で、「では、なにを復刻(or サンプリング)すればいいのか?」見定めるための、目利きの基礎となるものこそが、まさに「教養」の核心だ。しかも、音楽の教養が音楽にだけ適用されるわけではない。

たとえば、クエンティン・タランティーノ監督は映画マニアとして知られるが、音楽知識とセンスの切れ味も特筆すべきで、この点も作品の魅力増大にいつも大きく貢献している。彼のプレイリストはスポティファイで人気だ。

音楽の教養が映画に貢献する場合も、ファッションを救う場合も多い。その逆の例も多い。さらには、そうした一切合切の「教養」が最低限度「全部」揃っていて初めて展開できる「大きな商売」もある。

iPodの躍進からiPhoneの誕生に至るまでの道筋に、スティーヴ・ジョブズの音楽ファンっぷりが大きく影響したことを否定できる人は、だれもいない。アマゾンも主要スタッフの「教養」なしであの帝国ができたわけがない。ネットフリックスやスポティファイそのほかのサブスクリプション型の配信サービス大手は、言うなれば「教養」の超巨大大陸にも等しい。ゴンドワナみたいな。

と列記していくと、「いま現在の日本」が、いかに世界の潮流の先端から「置いていかれて」いるか、溜息をつきたくなる人もいる、かもしれない。気持ちはわかる。とはいえ、本来的には落ち込む必要はない。最初に書いたように「じつは日本は」かなりすごい「教養大国」なのだから。

明治維新以降、蓄えに蓄えてきた教養資源で倉庫がパンパンになっているのが、じつは日本なのだ。いまは倉庫の場所を忘れているだけなのだ。