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エコー検査で使う、超音波技術開発の「意外な真実」

タイタニック号の沈没がきっかけで

第一次世界大戦の勃発で

「氷山にぶつかる!」

1912年、世界最大の豪華客船が2時間40分で沈没するタイタニック号沈没事故が起こった。

当時、過去最大規模となる1513人が亡くなった大惨事だったが、実はこの海難事故と、母親の胎内にいる胎児の診断などを行う「エコー検査」との間には、思いがけない繋がりがあるのだ。

 

映画『タイタニック』で覚えている人も少なくないだろうが、当時はまだ、船の高いところに登って夜通し氷山を見張るという監視システムだった。そのため、氷山を見つけた時にはすでに遅く、ぶつかってしまった。

この一件を受けて、過ちを繰り返さないようにと、海中に超音波を放射して氷山や障害物を見つける研究が始まった。

こうして、安全航行のための技術としてスタートした超音波研究だが、事故の2年後に第一次世界大戦が勃発すると、事態は一変。軍事面でも活用できると、さらなる研究が進む。

キュリー夫人の夫・ピエールと、その弟子で後年はキュリー夫人の愛人とも噂されたランジュバンが、超音波技術を潜水艦の探知機へと応用した。

フランスの物理学者、ポール・ランジュヴァン(1872年~1946年)/Photo by gettyimages

音波は通常、水の中で拡散してしまうが、周波数をどんどん上げていくと直進する。だが当時の技術では、高い周波数を出すのは困難とされていた。その状況を打破したのが先述のランジュバン。

水晶に電圧をかけると圧力が生じる原理を応用することで、周波数を上げて超音波を発生させることに成功した。

結局、戦中に潜水艦ソナーが実用化されることはなかったが、'48年には、日本が超音波技術を使って、魚群探知機を開発。

それがアメリカの脳外科医の目に留まり、脳腫瘍を見つけるため、人間に初めて超音波が当てられた。つまり、世界で初めて人に使われた超音波検査機は日本製の魚群探知機だったのだ。

超音波検査は次第に普及し、'60年代にはついに胎児のエコー検査が行われる。タイタニック号事件から約50年、未曽有の事故は、子宮というブラックボックスを照らす光となった。(征)

『週刊現代』2019年8月3日号より