ツタンカーメンの謎に新説!正体不明のミイラが彼の母親だった!?

「王家のDNA」解析からわかったこと
石浦 章一 プロフィール

正体不明のミイラ

ここでもう1人のファラオが登場する。アメンホテプ3世の跡を継いだアメンホテプ4世(アクエンアテン)である。アクエンアテンはどのミイラなのか? ティイの正体が判明したので、彼女とアメンホテプ3世とのあいだの子どもを探せばいいことになる。

表1、表2に、いくつかのミイラから得られたマイクロサテライトの分析結果を示す。マイクロサテライトとは、DNA上に存在する特定の繰り返し配列である。アメンホテプ3世とツタンカーメンは、はっきりと正体がわかっている。 

この表から、KV55で見つかった男性のミイラが、アクエンアテンであることがわかる。なぜなら、アメンホテプ3世とティイのあいだには男の子が2人いたが、長男のトトメスは若くして亡くなっているからである。

 

しかし、KV55のミイラには、奇妙な逸話がある。CTスキャンによって、亡くなったのは20代後半から30歳くらいではないかと推定されているのだが、この結果は、アクエンアテンが成人後にアメンホテプ3世の跡を継ぎ、その後の17年間を統治したとされる史実と反するのである。

ところが、歴史はおどろくべきことを書き残していた。アクエンアテンの死後、短い期間、スメンクカラーという王が跡を継ぎ(王妃はアクエンアテンの長女メリトアテン)、その後、ツタンカーメンに引き継がれた、とされているのだ。CTの結果から、KV55がそのスメンクカラーではないか、というわけである。

しかし、アメンホテプ3世とティイの息子は、早逝した長男を除けば、アクエンアテンしかいないことがわかっている。だとすれば、スメンクカラーがアクエンアテンの弟であるはずがない。

スメンクカラーはいったい、どこから来た王なのか?

正体不明の王は女性だった!? 

ここに、もう1人の“役者”が登場する。

「エジプト3大美女」の1人と讃えられるアクエンアテンの正妃、ネフェルトイティーである。ネフェルトは「美しい女性」、イティーは「やってくる」という意味で、残された彫像からは、エキゾチックな顔立ちの美女であったことがうかがえる。他国から輿入れした妻ではないか、という説もあるほどだ。

エジプト3大美女、ネフェルトイティー(photo by iStock)

アクエンアテンとネフェルトイティーは、自分たちの3女アンケセナーメンをツタンカーメンの正妃にしている。とすると、その前の王であるスメンクカラーとは誰になるのか。

現時点で、最も妥当性がありそうな説は以下のとおりである。

アクエンアテンの死後、王妃ネフェルトイティーがスメンクカラーという名で王位を継いだ。これは、残されたレリーフから、ネフェルトイティーの被っている特徴的な細長い王冠が、スメンクカラーと王妃メリトアテンのレリーフに見られる王冠と酷似していることからの推測である。

また、スメンクカラーの在位中にネフェルトイティーが存命だった証拠もある。「スメンクカラー=ネフェルトイティー説」が唱えられる最大の理由は、スメンクカラーが男性だったという確固とした証拠がない、という事実にある。

ネフェルトイティーの墓が未発見であるため、この魅惑的な説は、あくまでも仮説にすぎない。さまざまな憶測がなされているが、その結果やいかに? 将来の研究が楽しみである。

KV35YLはあの王の母だった!

ツタンカーメンは若くして王位に就いたのだから、王家の一族であることは間違いない。特に、ネフェルトイティー王妃が自身の3女をツタンカーメンと結婚させたのは、ツタンカーメンが王アクエンアテンの血を引く息子(おそらくは、ネフェルトイティーとは別の下位の王妃、あるいは側室とのあいだの子)だったからに違いない。

アクエンアテンの息子がツタンカーメンだとすると、その母親は誰なのだろうか? これまで話に出てきていない女性はいるだろうか? 表2をじっと見てみよう。このマイクロサテライトの分析結果から明らかなように、KV35YLがすべての条件を満たしている。

アメンホテプ2世の王墓から見つかった「young lady」、この人こそ、ツタンカーメンの実の母親だったのだ!