香港デモで「正義の香港市民」に暴行されかけて抱いた悲しみと違和感

「正義」とは何なのか?
青山 潤三 プロフィール

抗議の主宰者は、初めから話し合いなど想定しておらず、ただただ「悪」に対して「正義」を押し通そうとしました(そのことは、15日に行われた会見でも明言されています)。そして、世界の世論を味方につけるーー。

現地では、日本人は無条件に香港人の味方と思われているので、誰もが気安く話しかけてきます。「取材してくれてありがとう、日本にも伝えてほしい。昨日、僕の友達がここで警察に殺された」と、口々に発するのです。しかし今回、警察によって直接殺害されたデモ参加者は出ていません。一体、何人の友人が殺されたのやら……。

 

カメラのレンズを壊された

法議会ビルへの再突入があった7月1日の夜も、筆者は群衆の写真を写していたのですが、人々の態度に変化が起きていることを、身をもって知りました。

この日、「何の騒ぎも抵抗も起こさず、穏やかに抗議を続けている」はずの学生たちが、議会に強引に突入し破壊行動に及んだことが報じられました。一方、「虐殺を続けている」とされる警察の動きは(そのような事実はなかったので)報道しようがない。

この状況に違和感を抱く海外メディアが出ることを危惧してか、政府側ではなく、学生・市民の側が「取材規制」を始めたのです。

それまでは自由に撮影することができていたにもかかわらず、それ以降は「我々は穏健に行動しているのに、海外メディアに暴動であるとの誤解をされると困る」「学生側の不利になるような写真は撮影してはならない」「撮影していいのは我々が許可したメディアのみ」と、拒否されるようになりました。

それでも撮影を続けようとすると、周りの群衆(一般の香港市民)から何度も写真の消去を求められ、取り囲まれて詰め寄られたのみならず、カメラを奪われてレンズを壊されたのです。自分たちが「被害者」であるという印象と主張を世界に発信するためなのでしょうか? 率直に言って、命の危険を感じました。

救い出してくれたのは、アメリカ人のフリージャーナリストでした。彼もまた、フリーであることから(香港市民の意に沿わない取材をしていたために)同様の取材中止要求を受けていたそうですが、欧米人に対しては、市民もあまり強引なことはできなかったようです。「フリーの記者は、あくまで中立的立場で報道しなければならないんだ」と説く彼に感謝し、筆者はその場を離れることにしました。

筆者は日本にほとんど身寄りもありませんから、もし何かあっても、大きな問題にはならなかったでしょう。しかし、本当にこれでいいのでしょうか?

7月下旬以降は、謎の「白シャツ集団」がデモ隊と衝突し、香港はますます混迷を深めています。香港市民が掲げる「正義」の背後でいま何が起きているのか、慎重に見極める必要があると筆者は思います。