新宿二丁目は、なぜ「ゲイバーの街」になったのか

日本一の「多様性の街」の肖像
伏見 憲明, 砂川 秀樹 プロフィール

新宿二丁目の「多様性」とは何か

伏見 僕の問題意識の一つは、二丁目がゲイバー街になることを、もといた住民や商店主の人たちはなぜ拒絶しなかったのか、ということなんです。よくよく考えると、不思議じゃないですか?

砂川 そうですね。そこは伏見さんも本の中で書かれていたように、「いつの間にか」ということなのかもしれない。ちょっと言葉は悪いけれど、既成事実というか。

伏見 もともとこの土地に住んでいた人たち、かかわっていた人たちの気風もあり、時間をかけた事実性の積み重ねが重要だった、と思うんです。

砂川 関係性をうまく築くことができた。

伏見 ゲイ当事者だって、ホモフォビアというか、自分たち自身に対する差別意識を持っているわけじゃないですか。当事者でない人はなおさらですよね。

でも、そういう差別の問題を、例えば人権問題としてとか、運動によって是正せねばならない構造として捉えるのではなくて、現実の人間関係とか情緒的なつながりの中で解消していったというのは、非常にユニークな歴史ですし、二丁目のいいところでもあると思うんです。もちろん時間はかかるけれど。

2000年代に砂川さんが立ち上げに関わった「レインボー祭り」も、ゲイバー街の草の根の活動として現在まで続いていますよね。

砂川 やっぱりそれは、もちろん全部が本音じゃないかもしれないけれど、通りが賑わって、お店にお客も入ることを街の人が喜んでくれたからじゃないかな。

伏見 経済的な面は大事ですよね。

 

砂川 それも、まったくのニューカマーじゃなくて、店子やずっと二丁目で働いている人たちが祭りを担ってきた。二丁目のお店って、大家さんが上の階に住んでいらっしゃるようなところも多いですから、これまで築いてきた関係性が土台になったために許された部分もあるでしょうね。

伏見 そういうことが可能になったのも、二丁目の底流に流れている文化、雑種性や包容力のおかげだったと思うんです。日本社会では、対抗主義的な政治運動が効くときもあるけど、それだけだとむしろ事態が動かなくなってしまうこともある。二丁目が多様性を実現できたのは、対立の構図にならなかったからという面もある。

砂川 街での関係性の築き方って、きっとどこでもそうですが、なんとなくご近所と関係性ができていって、多少イヤだなと思うこともあるけど、まあ付き合っているうちになんとなく納得していくみたいな……。抽象的な理念は、具体的な人と人の関係性の上に乗っけないと、ちゃんと機能しないということですね。

伏見 僕がこの本を書いた動機は、いろんな立場の人がこの新宿二丁目という街に集まって、「相対的に」ではあるけれど、ある種の多様性や包摂ということを体現している、この街のあり方が社会のひとつのモデルとして意味があるんじゃないか、ということを伝えたかったんですよね。

新宿二丁目という街は、ゲイだけでなくいろんな人から成り立っていて、いろんな人が結びついてその可能性を広げてきた。実はいろんな人が街を支えていて、夜中に酔っ払いが大暴れしてガラス瓶を散らかしたりしても、住人の人とかが片付けてくれていることはゲイの人たちも知ったほうがいいと思うし、逆にゲイがどんな思いでバーをやっているのかということも、一般の方に知ってもらえたらいい。

その架け橋になれたらと、ちょっときれいごとかもしれないけれど、本当にそういう気持ちがあるんです。