新宿二丁目は、なぜ「ゲイバーの街」になったのか

日本一の「多様性の街」の肖像
伏見 憲明, 砂川 秀樹 プロフィール

東京オリンピックで何が起きるか

伏見 最近、知ってます? 新宿二丁目のバーの組合でも英会話の……。

砂川 ああ、バーのマスターとかスタッフ向けの英会話教室をやっていますよね。

伏見 東京オリンピックに向けて英語対応もできないと、って。しかも英語だけじゃなくて、例えば「アフリカ系アメリカ人」のお客さんが来たとき、「チンポでかいですか?」って聞いたりするのはポリティカルコレクトネス的にダメだよ、というようなことも教わるって、この前聞いたんですよ。

砂川 それはいいことですね。

伏見 でも、ポリコレに遠慮して「チンポ大きい?」って聞けないようなゲイバーってどうよ?って僕はちょっと思ったりするんだけど(笑)、ただ、原則として聞いたらマズいということは知っておくべきだと。

砂川 欧米人だから、というようなニュアンスはダメですよね。それはともかく、異性愛者だけじゃなくて、海外からも観光客が来る街になっているんですね。

伏見 それもゲイバー街としての「二丁目」が生き残るための試みとして、ありだと思うんですよね。

 

砂川 来年は東京オリンピックですが、1964年の東京オリンピックも、新宿の街が大きく変わるきっかけになりました。ゲイバーに警察から圧力や嫌がらせがあったり、再開発で新宿御苑側にあったお店の一部が二丁目に移ったりという変化があった。

今回のオリンピックでは、どうなるんでしょう。むしろオリンピック憲章にも、2014年に性的指向による差別を禁じる項目が盛り込まれたので、今ではLGBTにとってオリンピックが後押しになる面もあるんでしょうか。

伏見 今回、執筆のために古い文献を調べていたら、1964年の東京オリンピック直前の記事にも、「オリンピックで、これから世界中から東京にゲイが来るはずだ」みたいなことが書かれているんです。

砂川 そうなんですか?

伏見 だから、昔も同じだったんだなと思って。オリンピックが一種、世界のマイノリティと交流することで欲望を肯定したり解放したりする契機になっていて、それは変わらないんだなと思いました。

砂川 でも、権田原のハッテン場が潰されたのも、オリンピックに向けた浄化の一環だったんですよね。

伏見 かつてはそういう面もありました。ただ、権田原はすぐ潰れたわけじゃなくて、どんどん場所を縮小して、移動しながら1980年前後までは続いた。ゲイってしぶといというか、国家権力に邪魔されようが何だろうが、どんどんハッテン場をつくる。すごいですよ、そのエネルギーは。

だから、1960年代に新宿二丁目という街が生まれた原動力は、端的に言うと男性同性愛者のセックスのエネルギーだったと思うんです。こういう系列のお店が広がったとか、千鳥街から移転してきたからとか、そういうレベルではなくて、爆発するような欲望のエネルギーが街をつくった。

砂川 なるほど、そうですね。重要なのは、そのとき性的な欲望を爆発させたのはゲイだけではなかったということです。

伏見 男女だって、お見合い結婚と恋愛結婚が逆転するのが1960年代半ば。当時は「婚前交渉」なんていう言葉が実感を伴って使われていたくらいだから、そんなにみんな恋愛やセックスなんてしていなかった。男女間の性が解放されるとともに、同性愛者の性のエネルギーも、時代の流れに乗って開かれていったんでしょうね。