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偏差値55で「医学部に合格する人」たち、なぜか急増しているワケ

「チャンスは今」かもしれない
原田 広幸 プロフィール

海外医学部進学への仕組みを作ったHMU

東京に本部のある「ハンガリー医科大学事務局」「チェコ医科大学事務局」「海外医科大学事務局」等々の海外医学部留学支援団体が、東欧医学部を経由して医師になる学生の便宜のために、あらかじめ、海外留学生受け入れに熱心で信頼度が高い複数の医科大学を選定し、厚労省の事前審査で「文句なしの合格」を取り付けているのだ。

つまり、これらの団体が推薦する大学医学部に進学すれば、帰国後に日本の国試は受けられる。東欧を経由してほぼ自動的に医師になれるための仕組みは、このようにして、すでに完成されているのである。

こういった仕組みづくりの先鞭をつけたのは、「ハンガリー医科大学事務局」(HMU)の専務理事・石倉秀哉氏である。石倉氏は、高度な医療人材が国際的に往来する将来を見据えて、独自に東欧医学部ルートを発掘、厚労省と折衝を敢行し、医師への「東欧ルート」を確立させた。

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HMU は、2006年にハンガリーの医学部へ記念すべき第1期生を送り出だす。それまでは、包括的な事前審査によって特定の海外医学部卒業者に国試受験資格が認められる例はなかった。もっと正確に言えば、そのような医学部を認める仕組み自体が存在していなかったのだ。

海外の医学部を卒業した学生が、日本の医師になるために、日本で国試を受ける場合は、卒業後に「書類を出してもらいそれを見て判断する」という状況であった。厚労省は、海外医学部を卒業した留学生を、定期的かつ安定的に日本に受け入れるという想定をしていなかったのだ。

海外医学部への留学生の一括審査という、厚労省も想定すらしていなかった新しいシステムが認められるには、さぞかし長年に渡るタフな交渉が必要だったのではないかと、多くの読者は思うだろう。

ところが、HMUの石倉専務理事による厚労省との折衝は、意外にも、極めてスムーズに進行した。石倉専務が折衝を行なったのは、ハンガリーへの第一期生が現地に渡航する半年前、2005年の秋だった。

 

ちょうど、グローバリズムの進展に棹さして、規制改革を進めていた小泉純一郎政権の最終期(第3次小泉内閣)で、保守的な厚労省内部にも、「国際化の波には抗えない」「規制緩和に向け、今後は外国人医師に向けても永住権などを必須とせずに、云々」といった流れがあった。

厚労省側の担当官が、東大医学部とハーバード大医学を卒業した医官で、医学教育に理解があったことも幸いし、たった1週間ほどで、このプログラムを始めても良いという判断が示されたという。

しかし、事前審査がこれほどスムーズにいった最大の要因は、時の運があったから、という理由だけではない。なんと言っても、ハンガリーの各医科大学が、文句のつけようのないほど優れているという事実があったためだ。