平成は男女雇用機会均等法とその後に起こった不況を受け、働く女性が増えた時代である。昭和にも働く女性はたくさんいたが、平成には結婚しても退職しない女性や、結婚しないで仕事を続ける女性の割合が増えていく。家計の担い手である彼女たちは、自由に使えるお金を持っていたので、自分の欲望により忠実になれたのである。

つまり、女性主導の流行は、自由な時間を持つ女性が増えたことで起こり、自分の財布を持つ女性の層が厚くなったことで広がった。

1990年代には「自分へのご褒美」という言葉も流行る。それは仕事の疲れを、一日の終わりに好きなスイーツや酒、おいしい食事を摂ることで癒そう、と考える女性たちの行動を表す言葉である。

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デパ地下ブームがもたらしたもの

平成の流行は、社会現象となったものも多く、若い女性の流行に、他の世代の女性や男性も加わることが多かった。女性たちの流行が周囲にも広がったのは、社会の情報化が進んだためである。

1990年代には『dancyu』(プレジデント社)を筆頭とする、グルメ情報誌やタウン情報誌が次々と創刊された。2000年代になるとインターネットが普及し、ブログなど個人の発信力も高まった。

2010年代になると雑誌の求心力が低下する一方でスマートフォンが普及し、SNSの種類も増えて情報交換が活発になった。飲食店で「インスタ映え」する料理を、撮影してから食べる人がいる光景は、すっかり日常になっている。

食の流行化現象における女性パワーがよく見えるのが、デパ地下ブームだ。2000年に渋谷の東急東横店が地下の食品売り場をリニューアルしたことにメディアが一斉に注目し、流行が爆発したが、デパ地下人気自体は1990年代から始まっていた。

スイーツブームの影響で、デパ地下で売られるスイーツが人気となったほか、ロック・フィールドが売り出した神戸コロッケ、RF1の色とりどりのサラダが1990年代に流行した。

百貨店側も、平成不況で洋服が売れにくくなり、食品売り場を充実させることで客を呼び込もうとしていた。大阪の阪神百貨店は、1990年代後半に売り場のテコ入れを図っている。

ブームが大きくなったのは、日常的にデパ地下を利用する女性が増えていたからではないかと考えられる。

この頃、フルタイムで働く共働き女性たちは、仕事が終わってからでは地元のスーパーの閉店時間に間に合わない、とデパ地下で夕食用の食材を調達するようになっていたのである。

その人たちが、総菜を買うこともあっただろうし、ほかの食べものに注目することもあっただろう。折よく、デパ地下には魅力的な商品がいくつも登場していた。「自分へのご褒美」とスイーツに手を伸ばすこともあっただろう。

自分で稼ぐ彼女たちには、少しだけ贅沢を楽しむ余裕があった。そういう女性たちが行く下地があったからこそ、メディアがデパ地下ブームを報道すると、大きな流行になったのである。