雑誌は、『anan』に続いて、1971年には『non・no』(集英社)が創刊されている。

両誌は旅特集が多かったこともあり、萩・津和野、飛騨高山、金沢などの歴史ある町に、雑誌を片手に若い女性たちが大勢訪れ、彼女たちはアンノン族と言われた。

これらの雑誌が流行らせた食べ物は、チーズケーキ、サラダ、オムレツなどだろうか。

しかし、昭和の流行は今のように爆発的ではなかった。若い女性たちが好きな「おしゃれ」な食べ物も、男性やほかの年代の女性たちまで「あれ、流行ったよね」と言うほど広がったわけではなかったからである。

昭和の終わりに発売された『Hanako』も、雑誌片手に町を歩く若い女性たちがHanako族と言われる社会現象を起こした雑誌である。

ティラミスを皮切りにいくつもの目新しいスイーツが流行した。同誌はくり返しアジア飯の特集を組み、1980年代半ばから始まっていたタイ料理やインド料理などの流行が加速した。

1990年代後半になると、カフェ特集をくり返し組み、2000年前後に爆発するカフェブームを先導している。

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自由な時間を持つ女性の増加

昭和の流行よりこれら平成の流行を覚えている人のほうがおそらく多いが、それは時代が新しいからだけではなく、その流行が若い女性にとどまらない影響力を持っていたからである。

二つの時代の大きな違いは、女性のライフスタイルである。1970年代は女性の大学進学率が2割を超え、青春を謳歌できる期間が長くなった結果、食の流行が生まれた。

しかし、昭和は20代のうちに結婚し子供を産むことが当たり前とされていた時代で、結婚すれば大っぴらに流行を追いかけることは難しかった。