30年以上の歴史がある講談社文芸文庫

読書垢が熱狂した「この講談社文芸文庫がすごい総選挙」の一部始終

予想を超える熱気と活気…その結果は?

文庫総選挙の中で

Twitter上には「読書垢」と呼ばれる人びとが居て、集落のような集合体を形成している。

全てが熱狂的な読書人というわけではないが、それぞれのスタイルで本を読み、楽しみ、語り合うという界隈である。当然、選書傾向もバラバラである。

そんな人々の間で、あるムーヴメントが発生した。「#この○○文庫がすごい総選挙」というタグを通して、それぞれに「推し」の文庫本レーベルの「推し」の作品を見せ合うという、一種のお祭り騒ぎである。

見渡せば、錚々たる面子が出揃っている。岩波、中公、河出にちくま。中にはあまり知られていないと思われる、マイナーな文庫本レーベルのものもある。

その数多の「文庫総選挙」タグの中に、強い存在感を以て数字を伸ばした、一つのレーベルがあった。

講談社文芸文庫――。

文庫本の世界は広い。講談社という一つの出版社だけ取ってみても、ラノベから学術まで、多くの文庫本レーベルを手掛けている。しかしなぜ、その中でも、講談社文芸文庫にまつわるお祭り騒ぎが大きな盛り上がりを見せたのだろうか?

7月の上旬に「#この講談社文芸文庫がすごい総選挙」というタグを使い始め、その思いがけない盛り上がりの一部始終を見守った者として、振り返ってみたいと思う。

 

「どうせあまり読まれていない」

私は上京して都内の大学へ通う、日本文学を好む学生である。高校の頃から日常の時間を読書に費やし、大学に入ってからはTwitterで本の情報を漁るという身で、特に他の趣味があるわけでもない。

これまでに、多くの出版社の本にお世話になった。しかし中でも、特別お世話になった出版社、そしてそのレーベルはと言えば――講談社文芸文庫に他ならない。

文学好きにとって、こんな魅惑的な文庫はない。他社があまり取り上げない日本近代文学の名作を収めるのみならず、読者の盲点を衝くような海外文学の名作も収録。高校生の頃は、文芸文庫に収められた小説を、図書室で少しずつ読むのが楽しみの一つだった。

しかし、その価格設定は学生の身には厳しく、田舎の本屋にはなかなか置いていない。上京してからも、大きな本屋へ行って書棚を眺めるばかりで、仕方なしに古書を買うことが多かった。だが、不当に高いと感じたことは、あまりない。文芸文庫をぼったくりと呼ぶ人は、そもそも、収められた作品にそこまでの価値を認められない人だ――とも思っていたから。

あの価格設定は部数の少なさが理由のようだが、現に読んでいる友人達からも、半ば自嘲気味に、「いまどきこんな作品読んでる人はいない」と語られる。

私自身、そうかもしれない、と思ってはいた。