氷点下40度の凄絶…シベリア抑留を描いた漫画は、かくて生まれた

木村多江・おざわゆき『凍りの掌』対談
おざわゆき, 木村 多江

辛すぎて、体験したことを話せない

木村 しかも先生の絵が可愛らしいから、出てくる人たちの姿がとってもピュアに見えるんですよね。こんなピュアな青年たちが、こんな残酷な世界に入ってしまったんだっていう。だから余計に残酷さが鮮明に残りますよね。また思想教育というものを抑留された方たちは味わわされていたというのもありました。

自分たちに従わないものは敵だと思い込まされて、身内をも敵扱いするようになってしまったり。戦争という肉体的にも精神的にも追い込まれた出来事のあとに、まさかこんな追い込まれ方をされた方がいるなんて。思ってもみなかったので、すごくビックリしましたね。

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おざわ 帰って来られた方は、体験されたことを話されない方が本当に多いんです。大勢の方が亡くなられる状況をずっと目にしてきたのも嫌だったろうし、身内を売るような行為が頻繁に行われていたのも嫌だったのだと思います。

木村 皆さん、お話を伺ったときは、すぐにはお話されない感じだったんですか?

おざわ 語り部の方はわりと積極的にお話ししてくださいましたね。それ以外でも話してくださった方はいらっしゃるんですが、きっと大変な思いをして話をしてくださったんだと、あとで思いました。というのは原画展を行った際に私と同世代か、少し上の方がいらして『親が抑留されていたらしい。でも私は全然聞いてなくて。親が死ぬまで知らなくて』とおっしゃられたんです。

この作品を読んで初めて理解できたと。そうおっしゃる方が、結構いらしたんです。父も時間が経つに連れて、少し喋ってもいいかなって感じになってくれたんだと思いますが、本当にお話をしてくださる方はごく一部で、ほとんどの方は何も喋らずに亡くなっているんです。

 

木村 辛すぎて話すことができないんでしょうね。

おざわ そうですね。辛いですし、自分が当時に卑しいことをしてしまったとか、思想教育を受けて戻ってきたことで差別を受けたり。やっぱり言わないほうがいいんだと、判断された方が多いのではないでしょうか。

木村 ところで、私達俳優はお芝居をするときにちょっと憑依するような感覚になったりするんです。おざわ先生はストーリーを作ってそれを絵で表現されているわけですが、絵をお描きになられているときってどんな感じがするんでしょうか。

おざわ 例えば戦争モノですと自分も戦争の経験はないので、とにかく自分が戦争の真っただ中に置かれているようにできる限り想像します。そうするとその世界に戻っていくことができるといいますか、暗い気持ちになっていく。その中に自分の意識を沈みこませていく感じです。だからすごく絶望的な感じがしてくる。

もちろん実際に戦争を経験された方の足下にもおよばないのはわかっていますが。とにかくそうやって想像力でまかなっていきます。『凍りの掌』のあと、空襲を題材にした漫画を書きましたが、とにかく炎に包まれて苦しくて息もできない中で、とても動けないと思いながらも必死に逃げたと伺ったので、それを必死に想像しました。