氷点下40度の凄絶…シベリア抑留を描いた漫画は、かくて生まれた

木村多江・おざわゆき『凍りの掌』対談
おざわゆき, 木村 多江

おざわ それにしても今日が初対面とは思えないですね。さすがだなと思いました。

木村 いえいえ、そんなことないです。壁に「ピンチは最大のチャンス」とか書いた紙が貼ってありますが、「これは先生の家でも貼ってあるのかしら?」なんて会話をしながら、だんだん小手さんと仲良くなっていった感じです。本当にああいう言葉を貼っていらしたのですか?

おざわ あのままの言葉は貼っていなかったですが、当時、何か自分を励ます言葉を書いて貼っていたような覚えはあります。

 

亡くなった仲間の服で寒さをしのぐ

木村 それにしても本当に衝撃的な作品ですよね。シベリア抑留をされた方の中でも、どの辺で抑留されたかで重労働を課せられた方もいるし、いろんな形があった。

それを漫画という形で、ビジュアルを見せられたことで、原作を読んだとき、本当に自分の家族がそういう目に遭ってしまったかのような、息ができなくなるような感覚になりました。おざわ先生がお父様の話を聞いて、どういう苦しみの中でこの話を生み出していったのか…というところはしっかり演じていきたいと思います。

――おざわ先生がお父様から伺った話の中で、一番衝撃的だったお話は?

おざわ 氷点下30度とか40度というのが、まったく想像がつかなくて。しかもその中で労働していたというのが、実感として伝わってこなかったんですね。聞いたときは本当にそんなことがあったのかと、にわかには信じがたい感じでしたね。

木村 亡くなった方を裸にして、着ていた衣服を生きている人が有効的に使うというのも、最初はそんなことは発想できなくても、それが当たり前になっていく。確かに生きていくには寒さをしのがないといけないので、そういう感覚になっていくのでしょうが、でも日本人の道徳観だと例え遺体になっても本人は本人だという思いがすごくありますから、後ろめたさとか絶対あったと思うんです。

ただそういう思いと同時に、自分も同じ立場にたったら私も亡くなった方の衣服を使わせていただく選択をすると思うんです。人間って怖いなあというか、究極ってそういうことなんだろうなって考えましたね。

 

おざわ そういう部分は確かにごまかさずにちゃんと描きたいと思っていました。父親の話を聞いていると、すごく淡々と語っていたんですね。あまり熱いモノがないというか。逆にそういうモノを殺してしまったのかなって、そういう印象を受けたんです。日々、人が亡くなるところに立ち会ってきた話を、本当に淡々と語るので、逆にすごく重く感じたというか。淡々と受け止めないと受け止めきれないことだったんだという感じがしました。

一歩距離を置いてみないとやり過ごせない日々を送っていたのだろうとすごく感じました。父の体験を聞いてからは、終戦後の話とは全然違うコトが起こっていたのだというのは、すごく衝撃的でしたね。シベリア抑留の話って、本当に表に出てこない話なんです。戦争は終わってしまっているし、世間の認知も低い。だけどものすごく重いというか、こんなにも酷いことが起こっていたわけで。これはこのままにしておいてはいけないなという思いでした。