乙武氏が身体の三重苦と闘いながら歩行練習を続けている「乙武義足プロジェクト」。エンジニアの遠藤謙氏の提案から始まったこのプロジェクトに、2018年の終わりからは理学療法士の内田直生氏(ウッチー)も参加することになった。

「乙武さん、ふたつだけ意識してください。身体が上にひっぱられるイメージと、体重移動を左右にするイメージです」。ウッチーの魔法の言葉で転ばなくなった乙武氏が、つぎに取り組んだトレーニングは……乙武氏がリポートする。

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「乙武さんは頭で歩いているんです」

平成最後の年が始まり、ウッチーとの練習が再開された。
わが家のリビングルームで毎週水曜の午前中に行われる練習は、1時間強、ストレッチと義足歩行の2部構成で行われた。

年明け1回目。1月16日の練習は、股関節のストレッチから。
「転ばなくなるためにも、股関節の可動域を広げることはとても重要です。乙武さんは、股関節の硬さを、上半身を上手に使うことで補っていますが、ストレッチで股関節の可動域が広がってくると、いまよりずっとスムーズに足を前に出せるようになりますよ」

ウッチーはそう言って私の身体を揉みほぐしながら、じつはこの時べつのことを考えていたという。

「乙武さんはこれまでの人生で一度も歩いたことがないんだ……」

撮影/森清

幼いころに義足の練習をしたことがあるとはいえ、私にその記憶はほとんどない。そのことが歩行を獲得するうえでの最大のハンデになるとウッチーは分析していた。

ウッチーは、以前働いていた病院でのリハビリ風景を思い浮かべていた。義足を履く人の多くは、事故や病気で後天的に足を失った人たち。それ以前には歩行経験があった。その感覚を思い出しながらトレーニングをすることでスムーズな義足歩行ができるようになるのだが、私には思い出すべき体験も感覚もない。

乙武さんは、頭で歩いているんです

遠藤氏からはそう言われた。健常者はみな無意識のうちに、右足、左足を交互に出すことでスムーズに歩いているが、私にはその感覚を養う機会がなかった。そのため、歩行を頭で理解し、考えながら足と身体を動かしているというのだ。

遠藤氏が続けた。

「人間の歩行というのは、一歩足を踏み出そうとすると重心が身体の前方にはみだし、接地して重心を身体の内側に取り戻し、また一歩踏み出そうとすると重心が前方にはみだし、ということの繰り返です。重心が前に外れることを怖がらないようにならないと、なかなか自然な歩行に近づきません」

頭でわかっても歩けない。いや、頭でわかろうとするから歩けない。歩くとは、なんと難しいことなのだろう……