京アニ放火事件…死亡者を全員解剖する理由と大変な困難

法医解剖医の視点から
西尾 元 プロフィール

解剖するとき、最も注目するのは、気道ということになる。気道とは、鼻や口から肺につながっている空気の通り道をいう。人は生きていくために、いつも空気を気道から肺に吸いこんでいる。

火災現場の映像を見ると、黒いススが窓から勢いよく吹き出している。もし、火災現場にいれば、自らの呼吸で、黒いススを気道に吸い込むことになる。亡くなった人を解剖して気道をのぞくと、気道の中はススで真っ黒になっている。

あたりまえのことなのだが、こうした見た目でわかる変化は、被害者が火災発生時に生きていたかどうかを判断するための重要な根拠となる。

火災発生時に、すでに息をしていなかったら、つまり死亡していたら、気道の中はどうなるだろうか。

たとえば、殺人の後に、現場の証拠を消そうと犯人が火災を発生させたような場合、死亡者の気道の中は黒くなってはいない。

火災で黒いススがあたりに充満したときに、すでに死亡していたというのであれば、黒いススは気道には入っていかない。息をしていないのだから当然の話だ。体の外側は熱で黒く焼けることになっても、気道の中は真白のままということになる。

 

「焼死」という死に方

今回の事件で亡くなった被害者の身元確認には、DNA鑑定が用いられたようだ。体の外側を見て、身元がわかるというのであれば、DNA鑑定をする必要はなかった。

そのことを考えれば、今回の事件の被害者についていうと、遺体の顔つきや歯型、体型などを見ただけでは、身元が特定できなかった人が多かったのではないかと思われる。

火災現場で亡くなった人を解剖して、死因を決めるのが法医解剖医の仕事だ。事件で亡くなった35人のうち27人の死因は、焼死だったいう。その他に、一酸化炭素中毒が死因だった人もいるという。

焼死と一酸化炭素中毒という死因には、どこに違いがあるのだろうか。法医解剖医はどういったことを根拠にして、この二つの死因を使い分けているのだろうか。