# 電機

従業員の不信を引きずったパナソニックに復活はあるのか?

幸之助の会社はリストラで疲弊した

松下は義理と人情で成長してきた会社である。

松下電器を中心とした松下グループ(現パナソニック)は、そもそも豊臣秀吉以来の「人たらし」とも言える創業者の松下幸之助の傑出したマネジメント能力によって成長、発展したのは間違いない。

幸之助が非常に病弱で3日働いたら4日休むというような時期が長く続いたのは有名な話だが、自らが先頭に立って実行できないからこそ「他人を動かして自分の思いを実現する=人たらし」の能力が傑出したものになったのは確かであろう。

その人たらし戦略の根底にあるのが「義路と人情」である。忠臣蔵はもちろん、歌舞伎・講談・大衆演劇、さらにはテレビドラマに至るまでこのテーマは頻繁に登場し、日本人の中心思想とさえ言ってよい。この「義路と人情」を大事にしたからこそ「人たらし」になり得たのだと思う。

また、彼自身が自分の人生と真摯に向き合った結果生まれたとも言える確固たる「人生哲学」も人々を魅了した

「道を開く」は、PHP研究所のホームページによれば510万部に達する戦後第2位のベストセラーだが、筆者も過去何回もあった岐路にぶつかった時に読み返した。たぶん5回くらいは読んでいるはずだ。

 

その象徴が松下流の解雇の手法である。幸之助はリストラなどやっていないと思われがちだが、実は戦後の財閥指定を受けた頃、数度にわたって人員削減を行っている。

しかし、幸之助のリストラは、カルロス・ゴーン容疑者に代表されるような「血も涙も無い冷徹な」首切り屋によるリストラとは全く違う。

彼は、つらい決断を実行するときに、次の3つを従業員たちに告げた。

1)自活する道がある社員はそちらに進んでほしい
2)どうしても、自分と一緒に残りたいものは、一緒にやろう。但し給料の保証はできない。再建の努力はするが、満足のいく給料は払えないと思う。
3)会社の業績がよくなった時には、いつでも帰ってきてください。

また、独立を考えた社員には自社の電球工場を与えて支援したりしているし、特許も無料で使用させた。

後に社長となった山下俊彦氏もその一人だが、副社長を務めた稲井隆義氏や谷村博蔵氏などは自分の工場を畳んでまで帰ってきた。

幸之助が従業員や会社に深い愛情を注いだからこそ、多くの従業員が目先の損得抜きで彼を慕い全力で再建に向かって立ち上がったのだと思う。