樹木希林と加藤治子が通った…鹿児島の「がん放射線治療」病院とは

50年来の親友と旅行気分で仲良く通院
週刊現代 プロフィール

希林さん流のさよなら

ただ、効果に疑問がある、効かないかもしれない――。そんなことは織り込み済みだった。生前、希林さんは先の知人にこう語っていた。

「私と加藤さんは良くなったけど、それは私たちがたまたま効いただけ。(UMSの治療は)万能薬じゃないんだからさ」

UMSを訪れてから、約5年。'15年11月に加藤さんは92歳で鬼籍に入った。死因はがんによるものではなく、心不全だった。

葬儀後、希林さんはスポーツ紙の取材に応え「本当に美しい身じまいで……。『上出来だったわよ』と拍手しました」と彼女らしい言い回しで故人を偲んだ。

 

ただ、メディアの前で見せた気丈な振る舞いと、実情は少し違ったようだ。前出・筒井氏はこう語る。

「加藤さんの御遺体は代々幡斎場で荼毘に付されることになりました。棺が火葬炉に収められ、みんなで待合室に行こうとした時に、希林さんが『先に行ってて』と言ったんです。

すると、希林さんは火葬炉の前で目を閉じて、手を合わせてお経をあげていました。私たちは先に待合室に行っていることにしたんですが、希林さんはしばらくやって来ませんでした」

50年来の友人との別れは、さすがの希林さんであっても応えたのだろう。希林さんがこの世を去ったのは、それから3年後の秋だった。

加藤さんは5年、希林さんは15年近くも病と向き合った。

UMSの治療法がたとえ効果がなかったとしても、あの二人ならば、「あなた、こんなところまで来たのに、まったく効かないじゃない」「いや、私が悪かった」とふざけながら、旅を楽しんだだろう。

いまも泉下で、二人でからかい合っているのではないか。

「週刊現代」2019年7月27日号より