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樹木希林と加藤治子が通った…鹿児島の「がん放射線治療」病院とは

50年来の親友と旅行気分で仲良く通院

片や「全身がん」、片や「余命5ヵ月」。そう診断されても、笑い合い、前を向いて生き続けた二人の女性がいた。稀代の大女優たちの知られざる交遊から「いかに病と生きていくか」が見えてくる。

治療費は最大500万円

「日本アカデミー賞の時に『私はがんです』って言ったのはね、70歳になったし、いつ死んでもおかしくないじゃない。だから、『ええい、この際公言しておくか』、そんな気持ちだったの。

でもね、私の場合は特別。たまたま知り合いを通じて、ある放射線の先生と出会えたし、私のがんにその治療がピッタシ合ったの」

'13年4月頃、女優の樹木希林さん(享年75)は、知人にそう語っていた。

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希林さんがこの世を去ってもうすぐ1年が経つ。希林さんの言葉や生き方は、いまなお多くの人に力を与えている。それは、彼女の病との闘い方、向き合い方が懸命で、同時に潔いものだったからだろう。

希林さんは'04年に乳がんが発覚、翌年に右乳房の全摘手術を受けた。その後は治療と再発を繰り返しながら、'13年3月の日本アカデミー賞の授賞式で「全身がん」を告白した。

そんななか、希林さんがひっそりと通い続けていたクリニックが鹿児島県鹿児島市にある。

名前は「UMSオンコロジークリニック(以下、UMS)」。鹿児島空港から車で約40分、県内一の繁華街「天文館」から徒歩数分の場所にある。

6階建てのビルに看板はなく、周囲からは隔絶されている。ビルの4階受付の入り口にクリニックの名前が控えめに書かれているだけだ。

このUMSの院長である植松稔氏こそ希林さんが冒頭で「ある放射線の先生」と呼んでいた医師である。

植松氏は滋賀医科大学を卒業後、防衛医科大学校放射線科講師などを務め、'06年に鹿児島で現在のクリニックの前身となる「UASオンコロジーセンター」を開業した。「オンコロジー」とは「腫瘍学」という意味だ。

 

「UMSはがん治療専門のクリニックです。行っているのは放射線治療の一種で、植松医師は『四次元ピンポイント照射』と呼んでいます。

元々、がんの病巣に縦、横、斜めの角度から放射線を当てる『三次元照射』という手法があります。ところが患者さんの呼吸などの体の動きによって、腫瘍の位置も変化するのです。それを加味したうえで、放射線を当てるというのが、四次元ピンポイント照射なのです。

UMSに来院するのは、ほとんどが大学病院などでサジを投げられたような重度のがん患者さんです。口コミやネットでUMSの存在を知り、鹿児島までやってくるそうです」(医療ジャーナリスト・田辺功氏)