藤本さんが東京から沖縄に移り住んだのは、2002年のこと。東京の木工所で特注家具を造る職人として働いていたのだが、あるとき、元々興味があった木工旋盤(ろくろのように回して木を削っていく機械)に触れ、ピコンとひらめく。これ、好きかも。「家具の仕事っていうのは、1ミリ単位でキチキチッと造らないといけない。精度が大事なんです。でも旋盤は、好きなように削ればいい。これって、自分に合ってるんじゃないかと思ったんです」。それで、家具職人の傍ら、器作りも始めるのである。キチキチとのびのび。そのうち、気持ちは、どんどん、「のびのび」に傾いていった。

裏山に張り付くように造られたギャラリー。最小限の設えながら最大の効果をもたらす大きな窓。国宝の茶室、待庵とも通じるような、いや、同じく国宝の奥院、鳥取の投入堂かな、などと思いを巡らすのも楽しい。

沖縄に移住してから、さきほどの気持ちのいい家も、まるで茶室のような狭小スペースのギャラリーも、自宅と隣接するレストラン〈料理 胃袋〉も、ぜーんぶ、藤本さんが建てた家だ。家造りと家具造りもまた、違う仕事だった。家具→家→器と、自由度が増していくことがわかったのである。

工房の壁には、子供たちが描いたアートのような落書き。足元には、出番を待つ木材が。

器に使う木はほとんどが沖縄のもの。アカギ、エノキ、ホルトなどなど。伐採された木や廃材を用いることもある。工房には丸太がごろごろしている。「水分を含んでるから、生木は変形するんです。その状態で削っていって、器の形にする。それを乾燥させていくと、木が動くんです」。

野村さんが欲しくてたまらなくなっちゃったエノキのボウル。

ひらひらしたり、割れたり、いびつになったり。木が「私ってこうなの」と言っているようだ。今回、野村さんはエノキのボウルが気に入り、何度も手にとり、矯めつ眇めつ。大きく割れた姿が愛おしい。