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作家・梨木香歩さんが「肩こり」からユニークな小説を書き上げた理由

人生は不都合の連続だから

「ハマチの養殖タイプですね」

―前作『海うそ』から数えて丸5年ぶりとなる新作長編です。一時執筆を中断されていた期間もあり、多くの梨木ファンが刊行を首を長くして待っていました。

実はこれを書いている途中でいろんな病気に悩まされるようになり、ようやく体がマシになってきたところでなんとか書き上げることができました。すると不思議なもので、それまで少しずつ書き溜めていた他の仕事も一気に実を結ぶことになって。

税理士さんからは「ハマチの養殖タイプですね」と言われました。ハマチって、3年くらいは何のおカネにもならないけど、4年後に育ち切るとどっと収入になるんですって。そう思うと希望があって、生きやすくなるなあと(笑)。

 

―主人公は30代にして四十肩を発症した皮膚科学研究員の佐田山幸彦。彼は自分自身の「根っこ」が崩れそうになるほどの激痛に耐えかね、藁にもすがる思いでクリニックや鍼灸院をめぐります。

私自身、五十肩に悩まされていて、「痛み」っていうものがどこからやって来るのかずっと疑問に思っていたんです。

創作のヒントになったのは、作中にも登場する皮膚細胞のエピソードです。皮膚の表面には「ケラチノサイト」という細胞がびっしり重なり合ってバリア機能を果たしているのですが、これは自分の細胞が老化して押し出され、平べったくなった成れの果ての姿。つまりは無数の「死んだ細胞」がいまの体を守っている。

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そんなふうに、一見なんの関わり合いもないと思っていた過去や先祖たちの営みが、自分を個としてならしめているという事実に思い当たったとき、この小説を書いてみたくなったんです。

―自身の痛みの根源を探る主人公は、やがてなにかに導かれるようにして一族の歴史が眠る「椿宿」という土地にたどり着く。「土地の歴史と人びとの関わり」を繊細に編み上げる作風は、前作『海うそ』とも通ずるものがあります。

『海うそ』が「喪失」をテーマにして書いたものだとしたら、こちらの主眼は「堆積」。いまはもう忘れてしまったはずのなにか。喪失したはずのなにか。結局は、そうしたものが積み重なって現在の自分の存在を形作っている。たしかに、私の興味の方向性は一緒なのかもしれません。