講談社創業者が「戦争によって人類は堕落から救われる」と言った理由

大衆は神である(61)
魚住 昭 プロフィール

ブレた先の運命的必然

前章の記述を思い出していただきたい。昭和12年7月、盧溝橋事件で日中戦争がはじまったとき、『キング』編集主任の橋本求(はしもと・もとむ)らは「支那事変美談武勇伝」を『キング』の付録につけた。すると、清治は「下手に国民に戦争というものの関心を持たせると、世界と戦争をしなければならないようになる。米英と戦争すると日本は勝てない」と言って、橋本らを叱った。

これは透徹した現状認識である。しかし、同年10月ごろには清治は「自分は戦争についての感想がよほど変わってきた。今次の戦争は正しい」と語り、「戦争は神の国に近づく一つの道ではないかと思う」と正反対のことを言い出した。『キング』編集部員だった黒川義道は、清治のこの転換について次のように語っている。

〈どちらかといえば、社長は情報部の参与に入るまでは、戦争に対して積極的に協力したくなかったと思うのです。また参与にも入りたくなかったと思うのです。というのは、社長はいろんな人たちに会って話を聞いたり、とくに欧米事情とか支那の事情とかに精通した外交官とか、物知りの人々のいろんな話を聞いていたために、世界の状況が分かっておられたので、そういうこと(「米英と戦争すると日本は勝てない」)を言われたと思うのです。

ところが、社長が危惧したように次第に戦争が拡大されていき、遂に社長が内閣参与に引っ張り込まれたわけです。そこで、戦いももうここまで来たからには、内閣参与になったからには、われわれも戦わなければならない(という気持ちになられたと思う)〉

情報部参与就任をきっかけに、それまでの清治の冷静な情勢認識が、皇国ナショナリズムと大陸膨張への熱狂に覆われてしまったのである。それは、大衆の気分に寄り添うことで巨大な雑誌王国を作り上げてきた清治と講談社が必然的にたどった運命だったと言わざるを得ないのかもしれない。