講談社創業者が「戦争によって人類は堕落から救われる」と言った理由

大衆は神である(61)

ノンフィクション作家・魚住昭氏が極秘資料をひもとき、講談社創業者・野間清治の波乱の人生と、日本の出版業界の黎明を描き出す大河連載「大衆は神である」。

日中戦争が始まったとき、「米英と戦争すると日本は勝てない」といった清治は、その後「今次の戦争は正しい」「戦争によって人類は堕落から救われる」と語るようになった。論調が変化した背景にあったものとは──。

第七章 紙の戦争──書かれざる部分(3)

 

日本という美しい国

顧問団問題であらわになった講談社の脆弱(ぜいじゃく)さには複合的な要因がある。

まず第一に考えなければならないのは、講談社の体質を形づくった野間清治自身の思想や世界観の問題だろう。

それを知るのに格好の本がある。昭和7年(1932)7月に大日本雄弁会講談社から刊行された清治の自著『栄えゆく道』である。彼が報知新聞の「産業管理大学」で行った連続講演の抄録集で、ここでは本の結びに登場する「皇恩国恩」「大調和」という題の二つの講演に注目したい。

まずは「皇恩国恩」から――講演の時期は明示されていないが、内容からいって、昭和6年(1931)9月に柳条湖(りゅうじょうこ)事件(満洲事変の端緒になった南満洲鉄道爆破事件。のちに関東軍の謀略と判明)が起きて間もないころに行われたものとみていいだろう。

清治は冒頭、「私共お互は折に触れ事に当って、日本という国家の大切であること、更に皇室の誠に有難いことを一層深く考えることに致したい」と述べたうえで、英国ファイナンシャル・タイムスの特派員スキップウィズの話に移っている。

スキップウィズは先日、報知新聞本社に清治を訪ねてきて、こう話したという。

〈英国における日本の信用は非常なものです。なぜかというと、日本には天皇陛下がおられるからだと思います。たとえば、新聞なども平生は各々自由勝手な、まちまちなことを論じているが、今度の満洲問題のごとき一大事になると、パッと論調を一にしてしまう。こんな国柄はほかにない。皇室を中心として国家が一軒の家のようにまとまっている。こういう国は決して衰えるものではない。実に確かなものだ。――そこに世界の信用があって、先般ロンドンで銀行家が集まったとき、もしいま金を貸すとしたらどこか、ということが話題になって『日本へなら貸そう。自分たちにはいま金があるわけではないが、外から集めても日本へなら貸してもよい』という人があった〉

清治は「この有難い話をきいて、沁々(しみじみ)日本という美しい国に生れた事を無上の幸福とするその感じを一層深くしたのであります」と述べ、聴衆にこう呼びかけている。

〈日本民族の実力、日本民族の大精神を信じなければならぬ。日本は益〻発展し飛躍し大興隆することを露疑ってはならぬ、(略)常に天を仰いで朗かに進軍するのみである、一路邁進あるのみである。理想の国を地上に打ち立てる其の盟主たる大使命は、実に日本、日本民族、私共お互の上にあるのである。枉(まが)れるを矯めなければならぬ、邪(よこしま)なるものは之(これ)を懲(こら)さなければならぬ、それは止(や)むなく之を行うのである。大理想実現の為めに真に止むなく之を行うのである。

仁義の国大日本は、地上全体を仁義の国たらしむべく其の大先達でなければならぬ、ここに私共お互の大理想、崇高なる大理想は、お互の子孫によって地上に打ち立てられる筈である。それは亦(また)宇宙一切の大調和という事であらねばならぬ〉

「枉れる」もの、「邪なる」ものとは、満洲を実効支配していた張学良(ちょうがくりょう)の「奉天政権」や、南京の国民政府のことだ。彼らを懲らしめ、地上に「理想の国」を打ち立てるのが日本民族の使命だと清治は言っている。現代の私たちの目から見れば、誇大妄想的な皇国ナショナリズムである。