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なぜアメリカ人は「銃所持」に固執する?背後にあるトラウマの正体

それは「独立」にまで遡る

「アメリカ独立」が現在も持つインパクト

独立記念日にトランプ大統領が演説をしたことが異例だと話題になっていた。

アメリカの独立記念日にアメリカ大統領なんかが出てくるものではない、ということのようだった。

アメリカの独立と大統領は関係がない。

独立宣言がなされたのは1776年の7月だし、そのころジョージ・ワシントンは軍の総司令官としてニューヨーク湾でイギリス軍と対峙していた。彼が初代大統領になるのはその2年後の1778年である。「独立」のほうが「大統領」より早く、より大事だということなのだろう。

そういうことをまったく気にしないところがトランプらしい。すべてのものがもつ本来の意味を考慮せず、わざと「関係性にしか価値がない」と捉える彼の思考法はある種の説得力を持っている。やはり彼の存在は、破壊的で新時代的で不気味である。

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アメリカの「独立」は、植民地人の「反乱」であった。

当時の主権国家はイギリス王国である。国家の支配が不当だと感じたので、市民が銃を取って民兵を組織し、それによってイギリス「国軍」と戦った。私兵と国軍との戦いである。

私兵が勝ち、アメリカは独立した。

だからそれを忘れてはいけないということで、明文化されている。

「規律ある民兵は自由な国家の安全にとって必要であるから、国民が武器を保持する権利は侵してはならない」

憲法修正第二条と呼ばれる項目である。

 

民兵によってイギリスから独立したのだから当然だろう。

そしてこの項目によって、アメリカ市民の武装(銃の所持)が認められている。

銃乱射事件が起こると問題にされるポイントでもある。

『ファンタジーランド 狂気と幻想のアメリカ500年史』(カート・アンダーセン)という書物のなかでも、このアメリカ人の銃の所持について語られていた。著者はリベラルな常識人というポジションで、銃規制に対して断固反対する全米ライフル協会の姿勢を、狂信的な宗教家たちと同じように分析している。

ただ著者はふつうのアメリカ人なので、銃を持とうとする根拠は、この「アメリカ独立戦争」のときの民兵の組織にある、と信じているようだった。

アメリカの狂気について洞察する人でも、アメリカ人の銃への固執はそのようにストレートに、いわば正義の方面からとらえるのか、という部分にアメリカらしさを強く感じる。