氷河期から未来まで …「湖底の泥」で気候変動の謎を解き明かせ!

「年縞」が地球温暖化の原因を解明する

水月湖の年縞の他にも、グリーンランドの氷床から採取されたアイスコア、中国の鍾乳洞の鍾乳石など、信頼性の高い「年代ものさし」がいくつかある。

グリーンランドと肩を並べる「年代ものさし」を確立したい。中川は長らくそう目標に掲げてきた。

「過去の気候変動を研究する者にとって、グリーンランドのアイスコアは、絶大な信頼と権威を持っています。しかし一地点のものさしだけに頼るのは、学術的な説得力に欠ける。グリーンランドに匹敵する信頼性の高いものさしがあれば、これまでとは比べものにならないくらい多くのことを明らかにできるはずです」

水月湖の年縞の場合、1万年さかのぼる際に生じる誤差がプラスマイナス29年。数百年単位で誤差を生じることもある従来のモデルと比べ、その精度は群を抜いている。圧倒的に高精度な「年代ものさし」として、水月湖の年縞が存在感を際立たせたのは間違いない。

「年代ものさし」が導いた、温暖化に関する大発見

中川の目標は、「年代ものさし」をただ作ることではなく、それを使ってさまざまな地域や年代の気候変動を解明することだ。

年縞の1年分は、わずか0.6~0.7mm。その1枚1枚に含まれる放射性炭素(¹⁴C)濃度から年代を測定する。その他、火山灰や砂などから噴火や地震、台風の跡を発見したり、また花粉を分析し、植生を明らかにすることで、気候を突き止める。

不規則な縞は地震や火山噴火、洪水などの天変地異が起こったことを表している。年ごとの層に含まれる放射性炭素や花粉を詳細に調べることで、古代の気候、気温変動などさまざまな情報を読み取ることができる。
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中川が注目するのは、氷河期の末期に起こった温暖化イベントだ。グリーンランドのアイスコアと水月湖の年縞を分析すると、グリーンランドでは、1万4700年前に急激な温度上昇が起こり、やや下降した後、1万1650年前に再び気温が急上昇したことが分かる。

一方、水月湖ではグリーンランドとは異なる気温の上昇曲線を描くことが年縞から分かった。グリーンランドより300年も早く、約1万5000年前から温暖化が始まっていたのである。温暖化は必ずしも世界同時的に起こったものではなかった。中川の発表は、世界に大きなインパクトを与えた。

さらに中川は、この氷河期末期に起こった気候変動と、21世紀の人類が直面している地球温暖化に類似点を指摘した。

「いま世界で大洪水が頻発していますが、年縞を見ると、氷河期の終わりにも同じ現象が起きていることが分かります。年縞をさらに分析することで、近い将来起こり得る気候変動や自然災害を予測できるかもしれません」

遠い過去から、はるかな宇宙から、未来を見据える

年縞を完璧なかたちで採取・保存し、緻密に分析する中川らの仕事は、技術的にも前例のないものだった。中川らの技術を活用することで、他の年縞研究も進展しつつある。

北場育子は、中米のグアテマラ北部マヤ地域にあるペテシュバトゥン湖の湖底から採取された年縞を研究している。

「この地域では、夏至から冬至へと巡る太陽の動きに合わせて雨を降らせる雲が移動していくことが分かっています。雨の範囲が移動すれば、湖の環境も川から運ばれてくる堆積物も変わり、その変化が年縞に刻まれます。年縞から過去の雨の周期や太陽の動きを明らかにできたら、おもしろい」

生物には大気中に含まれる放射性炭素同位体(¹⁴C)が取り込まれ、生物が死ぬと、¹⁴Cは半減期に従って減少していく。
過去の花粉や葉に含まれる¹⁴Cの量を測定することで、その植物の生存年代を推定することができる。
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マヤ文明では、太陽神が崇拝されてきた。

「もしかしたらマヤの人々は、太陽が恵みの雨を支配していることを知っていたのかもしれない。想像が膨らみます」

さらに年縞は、はるか宇宙の現象が地球の気候変動に与える影響を解明するカギにもなるという。

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