反発と羨望が入りまじる「香港デモ」中国社会の複雑な受け止め方

「奴隷のままでいたい」と願っている?
古畑 康雄 プロフィール

「壁の外の自由が受け入れられない」

余氏はこうした考えについて、まさに奴隷のままでいたいという人々が、奴隷でありたくないと願う人々を罵るようなものだ、と批判し、次のように述べている。

「彼らは共産党の独裁や暴政を忍受し、壁の外の自由な生活という事実を受け入れることができない。香港人が享受する権利は共産党がお慈悲によって与えたもので、いつでも取り上げることができると考えている。そして香港人は自由が少なすぎるのでなく、むしろ多すぎると思っている。彼らは自分たちが香港人のようになりたいと願うのではなく、むしろ香港人が自分たちのようになるべきだと考えている。」

余氏の主張は、かつて自らに弾圧を加えた中国当局に対する批判も込められていると思うが、確かに中国のネットの声を見る限りでは、このような意見が主流を占めているようだ。

21日の中連弁襲撃事件でも、「(香港の自治を廃止し一国一制度にせよ、通貨もパスポートも統一せよ」など強硬な意見が出ていた。だが中国当局は、香港問題が中国に波及することを恐れ、運動に肯定的な言論を必死に押さえつけており、批判的な声だけが表に出るのはやむを得ない。

 

「義和団の時代」と中国の友人

中国の地方都市に住む筆者の友人に、当局の規制を受けにくいSNSを使って意見を聞いてみたところ、同様の指摘があった。

現実の中国社会に暮らす自分にとって、言論の自由がないと感じるのは本当に苦痛です。今は誰も本当のことを言わなくなってしまいました。ネットが厳密に封鎖され、本当に香港のことを理解している人はますます少なくなり、公な場はもちろん、私的な場でも議論することが難しい。
若者には、自分の意見は表明しなくても「翻牆」(ファンチャン、ネット規制の壁を飛び越える)して(香港や海外の情報を得ようとする)いる人もいますが、状況はますます悪化しています。翻牆する人としない人はまるで別の世界に暮らしているようです。翻牆しない人々はCCTV(国営放送)の情報に敏感になり「外国の反中勢力に警戒しよう」などと言っています。まるで100年前の義和団事件の時代に戻ったかのようです。
中国の微博で主流の意見は五毛党(政府よりのネットユーザー)によりコントロールされ、そこで発せられる騒がしい声は中国の真の民意を代表していません。
私自身は、当然香港の人々の訴えは正義かつ理にかなったものだと考えています。なぜならこれは彼らの基本的人権だからです。
私自身は自由主義の理念を信じています。ですが自分のような人は中国には10分の1以下でしょう。香港での状況に反対する彼らはいわば「豚の哲学」を守っていると言えます。これは政府が長年極力人民に植え付けてきた、「生存権こそが人権」という考え方です。
中国の問題はまさにこの防火長城(グレート・ファイアーウォール、ネット規制)です。これがなくなれば人々は正常な思考を徐々に取り戻すでしょう。
ただ国外に暮らす中国人も、香港人の訴えを理解しない人もいます。なぜなら彼らは中国の文化的環境を脱しておらず、毎日中国当局がコントロールしている微博や中国のテレビを見ているからです。
また賛成したくても、実名で登録するフェイスブックなどで賛成できない人もいます。なぜなら彼らはやがて中国に戻るためです(その時に処罰される恐れがある)。ツイッターなども監視されています。
実際には、香港について1時間も説明すれば、中国人はすぐに理解できます。しかし当局は暴力により人々の頭脳を押さえ込み、現在のような誰も何も言おうとしない状況が起きたのです。ネット警察の幹部はある会合でわたしたちに、指導者を批判したら、15日の拘留だと話しています。
このような厳しく管理された社会は、(政権の)自信のなさが原因なのです。

こうした中国の人々の声について、日本メディアの報道で取り上げられることは少ないが、香港や海外の華字メディアは中国国内のさまざまな意見を紹介している。

 

BBC(中国語)は7月初め、「大陸人の羨望、悲哀と疑問」という記事の中で、次のような複数の声を取り上げた。