2019.07.25
# 日本史

世界の学生たちは「パールハーバー」をどう思っているのか?

歴史と記憶をめぐる対話
キャロル・グラック プロフィール

「歴史」と「記憶」の違いとは

グラック教授 いいでしょう。さて、今の皆さんの答えから何が言えるでしょうか。学校で習った、と答えた人が数人いました。家族の話など、私的な理由の人が数人。映画やヒストリーチャンネル、テレビなど、イメージ的な理由を挙げた人が数人。

私がこういう質問をした理由についてですが、これはどんな戦争の話をするときにもできる、次の質問につながっていくからです。つまり、「これは歴史なのか?それとも記憶なのか?」という質問です。

 

ここで「記憶」と言うとき、それは個人の記憶ではなく、「共通の記憶」のことを指します。みなさんが、いま私に話してくれたことは「歴史」に属するのか、それとも「記憶」に属するのか、そのどちらでしょう。どう思いますか。

トム どちらかというと歴史だと思います。

ユカ 歴史だと思います。

ユウコ 私は、歴史だと思います。記憶がひとたび教科書に書かれたら、それは「歴史」になると思うからです。

グラック教授 記憶が教科書に載ったら「歴史」になる――ということですね。次は?

ミシェル 私は、あるストーリーが記憶のカテゴリーに入っていくことはあると思います。記憶というのは、いつも正しいとは限らないからです。

グラック教授 一方で、歴史はいつも正しい、と……。

一同 (爆笑)

グラック教授 そう言ってくれてとてもうれしいですね(笑)。

ミシェル 個人の記憶も歴史を反映することはあるでしょう。とはいえ、記憶が呼び起こす感情は、必ずしも真実ではないかもしれません。

グラック教授 記憶が持つ、感情的もしくは主観的な作用が、歴史家が書く歴史書には含まれていない場合が多い、ということですね。それはつまり、こういうことです。皆さんが話してくれたことの情報源を考えたとき、そのほとんどは専門家が呼ぶところの「共通の記憶の領域」に属しています。

ここには、ベン・アフレックも入ってくるし、実は学校の教科書も入ってくるのです。専門的な歴史書はさておき、中学校で使う教科書は国や州によって定められています。その大きな目的の一つは、自国の歴史について人々が知るべきことを語るということです。これらは「諜報活動の失態」など、あらゆることの詳細にまではそれほど踏み込みません。

さらに、家族の物語というのは明らかに記憶であって、それだけでは歴史の全てを語れません。ヒョンスーが日本人の人類学者に出会ったという話も、歴史書からではなく記憶の領域です。9年生のときに教科書で習った内容は覚えていなくても、後になってパールハーバーについてのイメージをどこかで得た。これも記憶の話です。

正確であろうとする「歴史」

グラック教授 私は分析手法として「歴史」と「記憶」を分けて考えることにしています。ここで、2つを定義してみることにしましょう。「歴史」というのは、歴史家が「歴史書」に書くもので、主に学者や一部の読者に読まれるものを指します。

一方で「記憶」というのは、学校の教科書や国の記念館、記念祭や式典、映画や大衆文化、博物館や政治家のスピーチなどを媒介して多くの人々に伝達されます。この2つはもちろん相互に関係していて、実際には切り離すことはできません。ですが、共通の記憶を理解するためにそれぞれを一度分けて考えると、その特性を知ることができます。

ミシェルが提示してくれた疑念に答えるなら、歴史は「正確であろうと」します。ですが歴史は必ずある立場に立って書かれているので、正確であろうとする試みがいつも成功するとは限りません。

記憶というのはいくつかの点で歴史と違っているのですが、まず1つは、既にミシェルが指摘してくれたこと。例えば歴史書というのは、基本的には「軍靴の音」にまつわる感情的な作用については教えてくれません。(兵士たちが近づいてくるときの)軍靴の音を聞いた人が何をどう思ったのかについて、歴史書では伝えることが難しいのです。

多くの歴史家たちは、戦場に行った兵士が実際にどう感じたのか、爆弾で殺されそうになったときに何を感じていたのかという、感情的な作用を伝えるのに苦しんできました。一方で、ナチスに支配されたヨーロッパについて書かれた小説の多くは、軍靴が近づいてくる音、あるいは爆弾が空から飛んでくる音を聞いたときの気持ち、つまり恐怖や不安について教えてくれることでしょう。

もう2つ、記憶が歴史と違うのは、記憶というのは、現代社会のマスメディアや大衆文化を介して世に出回っているものだということです。ベン・アフレックの映画やヒストリーチャンネルも、その媒介手段の例の1つです。これらを介して多くの人々に共有されるものを、「共通の記憶」と呼べるでしょう。

ここでまた質問です。なぜ現在は、パールハーバーについて耳にすることがそれほど多くないのでしょうか。1950年代や、真珠湾攻撃から50周年を迎えた1991年にはアメリカや日本のメディアは盛んにパールハーバーについて報道していたのですが、今年はどうでしょうか。アメリカではあまり多くは聞かれないと思います。

関連記事