この甲子園球場では数々の名勝負が繰り広げられていた。だが今、高校野球は大きな転機を迎えている

投げすぎで散った悲劇の投手…春夏連覇の名将が語る「球数制限」問題

大野倫(元巨人)と興南・我喜屋優監督

ルール化する前にもっと議論が必要

「汗と涙と感動……、今年もまた若人たちの暑い夏がやってくる」

夏になるとこのような陳腐なキャッチフレーズを何のてらいもなく使う自分がいる。ダサいとわかっているのに使ってしまうのは、『高校野球』だったら許される気がするからだ。

 

日本人は本当に『高校野球』が大好きだ。第1回大会から100年以上、大正、昭和、平成と『高校野球』は最も人気を集めるスポーツイベントであり続け、この夏、令和最初の大会を迎える。その『高校野球』に大きな改革が行われようとしている。

“球数制限”の導入である。

このルールが導入されれば、いろいろな意味で高校野球を変えることになる。

昨年末12月22日、新潟県の高野連が2019年春季大会から100球の球数制限を導入すると発表し、各ワイドショー、雑誌等にも取り上げられ、「球数制限」論争となった。しかし、「ちょっと待った!」と言わんばかりに、日本高野連から再考を求められて、今春の新潟県大会での球数制限導入を見送ることになった。まだまだ議論の余地があると判断したのだろう。

この問題、現場の指導者たちはどう考えているのだろう。

沖縄県の強豪・興南高校野球部の我喜屋優監督は、目を細めながら厳しい顔つきで話してくれた。

「どの監督も、選手の身体のことを考えて野球をやらせるのは当たり前なんですが、なかには『高校で野球は終わりなんだ、だから投げさせてくれ』という選手もいる。極論かもしれませんが、場合によっては腕が折れても投げたいという選手もいるんですよ。それをルールだからダメだよと言うのか。子どもたちが自分の未来をどう描いているのかによって、指導も変わってきます」

我喜屋監督は、2007年、興南の監督に就任。12年間で夏6回春2回甲子園に出場し、2010年には史上6校目の春夏連覇を達成した。

今大会は、プロ注目のサウスポー宮城大弥を擁して3年連続夏の甲子園を狙っていたが、決勝は延長13回の末、沖縄尚学に敗れた。エース宮城は全試合に登板し、2回戦から5連続完投、さすがに連投は準決勝決勝のみであるが、決勝では延長13回229球を投げ切った。合計球数は681球。これが名将我喜屋監督の言う「腕が折れても投げたい」ということなのだろうか……。

沖縄県に初めて深紅の優勝旗をもたらした我喜屋勝監督

「予選から甲子園決勝まで無理して投げて、将来を棒に振った選手がいたけれど、それはすべて監督の責任。だから、選手が違和感を覚えたらすぐ言えるような環境を作り、選手の健康管理に目を配り、根性論を押し付けない。僕は、球数制限するよりも、ある一定の時期は監督が相当配慮するということでいいと思う。

延長10何回をひとりで投げ抜いたのは記録として残っているし、その記録に対して悪いという人はいないじゃないですか。球数制限をすれば、そういうピッチャーが出てこなくなる。あと少しで甲子園に行けたのに、球数制限のルールで投げられなくなって負ければ、選手はルールを作った人を恨みますよ。みんなが納得できるようなルールを取り入れるための議論がもっと必要だと思います」

我喜屋監督の主張は、球数制限について反対しているのではなく、結論を出すにはまだ議論が足りないということだ。他の方法も模索しながら、議論を重ねたうえで結論を出さなければ、誰かが不幸になるという見解だ。

「ひと口に球数制限というけれど、ではブルペンで投げている球数はどうするのか。もっと現場の意見と過去の歴史を検証して、不平等にならないように考慮しないと。とにかく議論不足です。もっと多方面から多角的に色々な意見を取り上げないといけない。タイブレークを取り入れたけど、イニングの表と裏では不平等が出てきてるしね。ルールを作るのは簡単です。高校野球の長い歴史の中では、体調不十分であっても、それを気持ちでカバーして勝利を掴み取ったという試合は何度もありました。精神論なんて時代錯誤なんだろうけど、人生に立ち向かっていくうえで見本となるケースがいくつもあるでしょ」

確かに、球数制限を導入すれば、決勝まで全試合をひとりで投げ切るようなケースはなくなるが、それによって甲子園に出場する夢が絶たれるケースも出てくる。野球は高校までと決めて、それに青春のすべてを懸けている選手もいるだろう。単純に球数制限を導入することが果たして選手たちにとって良いことなのか、もっと掘り下げて考えていかなければいけないだろう。