今、アメリカで大きく盛り上がる「Woke Capitalism」とは何か

「平等」を求める人々と企業の動き
池田 純一 プロフィール

自分たちに「流れが来ている」からこそ

裏返すと、今回の優勝でラピーノは、ようやく追い風が吹き始めてきたことにも気付いている。ピッチでの彼女の縦横無尽な活躍ぶりを見れば想像もつくが、彼女は天性のエースストライカーらしく、自分たちに「流れが来ている」ことを直感している。だからこそ、その「流れ」をトランプに断ち切られたくないと感じている。

冷静になって考えてみよう。いくらナショナル・チームのキャプテンの発言とはいえ、一アスリートの、優勝してもホワイトハウスには行かない!という発言など、仮にそれが無礼であると思っても、それこそ、彼女たちが実際に優勝してから改めてやり玉に上げればよいのだ。それを、ただ「中傷された」という意識だけで、わざわざ大統領が食って掛かる必要はないだろう。普通に考えれば「なんと狭量なことか」と思われるだけのところだが、そんなことはお構いなし。なんであれ、トランプにとってはヴィジビリティがあがればいいのだ。

この「無意味」な行動の意味を試合巧者のラピーノはよく理解している。

今回のワールドカップだけを見ていれば、“Equal Pay”の運動は、いわゆる#MeTooの時流に便乗したように見えるが、実は、順序は逆である。“Equal Pay”による抵抗を始めたのが2016年春なのだから、ラピーノたちの方が先だ。むしろ、彼女たちからすれば、#MeTooの動きやそれを支えるソーシャルメディアの結集力を駆使して、できればチェックメイトをかけたいと考えているはずだ。

〔PHOTO〕gettyimages

Woke Capitalismの元祖

ところで、Wokeという言葉だが、この言葉自体は、随分前から使われていた。黒人英語が発祥の、バナキュラーで、それゆえイレギュラーな言葉だ。「意識高い系」と訳されることもあるが、日本語につきまとうような「社会正義に燃えた委員長キャラを揶揄する」ようなニュアンスは、少なくとも初期にはない。

急速に一般化したのは、2014年のファーガソン事件からだ。黒人容疑者を白人警官が撃ち殺すという事件で、2010年代に入って一般化したソーシャルメディアの拡散力もあって、この事件は一挙に全米規模のものとなった。ここから、もともと黒人コミュニティから発したWokeという言葉も、最初は人種差別の是正に力が入れられていたが、運動が広がるにつれ、社会正義全般を対象にすることになった。

 

Woke Capitalismの元祖といえば、やはりNikeだ。直近の話で言えば、ワールドカップの開催中に起こった「ベッツィ・ロス・フラグ」事件だろう。

発端はコリン・キャパニック。サンフランシスコ・フォーティナイナーズの元クオーターバックで今はNikeの広告のメインキャラクターを務めているキャパニックだ。

彼は2016年に、黒人に対する白人警官の暴力がなくならないことに抗議し、試合前の国歌斉唱の際に起立を拒否し膝まづいたことで知られる。彼の行動は保守派政治家を中心に物議をかもし、トランプ大統領からも、首にしろ、と蔑まれていた。

もちろん、彼の抗議運動には賛同者も現れた――たとえばメガン・ラピーノは最初に彼と同じく国歌斉唱中に直立を拒否した最初の白人アスリートだった――ものの、キャパニック自身は2017年を最後にNFLでは選手契約がなされていない(リーグによる排除と捉え現在裁判で係争中)。

そのキャパニックをNikeはJust Do It!という有名な企業スローガンの30周年記念CMの出演者として契約し、実際、それで大きな成功を収めた。CMの中の“Believe in something, even if it means sacrificing everything(何かを信じろ。たとえその結果、なにもかもが犠牲になることを意味していても)”というキャパニックの抗議運動をそのまま受け入れるようなCMメッセージは、大きな反響を呼んだ。