今、アメリカで大きく盛り上がる「Woke Capitalism」とは何か

「平等」を求める人々と企業の動き
池田 純一 プロフィール

「全くの平等」の実現に向けて

ところで、上記のニューヨーク凱旋の際に沿道に集まったファンたちの着るTシャツにもつけられていたのが“Equal Pay”という言葉だった。サッカー業界における男性と女性の待遇の違いを取り払い、賃金や報酬の格差を減じることを――理想的には「全くの平等」を――求める動きだ。

この“Equal Pay”の話は昨日今日に始まったものではなく、その分、根が深い。前回の2015年ワールドカップ優勝のとき以来、引きずっている息の長い課題で、正確には2016年3月以来、ずっと続いている。スポーツ選手も一皮むけばただの肉体労働者だ。好きなことをやっているからいいだろう、というような精神論だけでは続かない。ラピーノたちの批判の矛先は、USSF (United States Soccer Federation:アメリカサッカー連盟)とFIFAの両者に向けられていた。

 

まずUSSF に対して、2016年3月、ラピーノをはじめとする5人の選手が、男性アスリートと比べて、賃金や雇用環境の点で不当に低く扱われているとして、連邦政府のEEOC(Equal Employment Opportunity Commission:平等雇用機会委員会)に報告した。一度は調停に向けたテーブルについたものの、進捗の遅さに決裂し、ワールドカップの始まる3ヵ月前の2019年3月には、28名のチーム全員が連邦裁判所にUSSFを訴えた。つまり、USSFとの係争を抱えながら、ワールドカップを勝ち抜いたことになる。

ラピーノたちアメリカ女子サッカーチームからすれば、今回の大会は、単にアスリートとして世界の頂点を目指すだけでなく、その勝利を通じて、USSFが男女のサッカー選手の間に設けている区別が不当なもの、つまりは「差別」であることを、広く人びとに知らしめるための挑戦だった。彼女たちは、彼女たちの権利のために戦っていたのである。

1913年に設立されたUSSFもすでに100年を超える古い組織であり、その組織体質/文化も古いまま、というのがラピーノたちの主張だった。逆にそのような係争のさなかにありながら、その係争相手の監督下で3年あまりも普通に選手を続けているところが、契約社会アメリカ、訴訟社会アメリカ、とでもいうべきところか。

戦う場所は、ピッチの中だけではなかった。ラピーノたちの精神力はいかばかりのものか、と想像しないではいられない。と同時に、その日々の困難がまた、彼女たちチームの結束を強固なものにもしたのだろう。彼女たちチームは一種の政治的結社でもあったのだから。

ちなみにワールドカップにおける賞金額は、今大会の場合、女性が3000万ドルであるのに対して男性は4億ドル。FIFAは7月5日に、次回の2022年大会では、女性を倍額の6000万ドルにすると発表したが、その一方で男性は4億4000万ドルに増額する。依然として大きな開きがあり、この公表に対してラピーノは、決勝戦前の7月6日に「敬意が感じられない」と不満を表明している。

実のところ、こうした彼女たちの訴えに最初に応えたのは、USSFのスポンサーの1社で、トイレタリーメーカー世界最大手のProcter & Gamble(P&G)だった。New York Timesに掲載した広告を通じて、USSFに52万9000ドルを寄付すると公表した。この半端な金額は、23人のチームメンバー全員に一人2万3000ドルの報奨金を渡すことから算出された金額だ(2万3000×23=52万9000)。P&GはUSSFにラピーノたちの要望に早期に応え、「歴史」の側に立つことを呼びかけている。

ラピーノも、このP&Gの行動に感謝しており、企業の賛同によって自分たちの説く社会正義の実現可能性が高まる、と述べ、より多くの企業が同様の行動を起こしてくれることに期待している。

いうまでもなく、この一連の動きが、冒頭で触れたWoke Capitalismの典型だ。ラピーノたちの活動によってアメリカにおけるワールドカップは“woke”の現場となった。