なぜ勝てない戦争を…巨大戦艦「大和」は日本のガラパゴス化の象徴だ

日本と日本人のある面が見えてくる
現代ビジネス編集部

グランドデザインがなく、責任を取らない国

後藤 戦前から日本というのはガラパゴス化していたと思います。日本基準で物事を考えることが非常に多くありました。世界がどう動くのかを考えていないんですよ。たとえば国際連盟を脱退するといった、悪手ばっかり打ってきた。

神立 あんまりこういう言い方は好きじゃないけど、夜郎自大というかね。

 

後藤 日本人は交渉が下手ですよね。一番最初に高いハードルを出し合って、お互いに妥協し合って接点を見つけるというのが一番重要な交渉のポイントだと言います。外国の政治家はそこが一番の見せ場だと考えている。ところが日本は、相手の一番高い要求をのんでしまう。そこから始まるから相手はもっと高い要求を出してくる。それでものんだら相手はさらに要求を高くする。そこで日本は突然ぶち切れる(笑)。日本人は交渉というものを経験していないので、できないんです。

——日露戦争の終結は、交渉の結果では?

後藤 アメリカのルーズベルトが仲介に入っているのが大きいと思いますね。ロシアと直接の交渉は日本にはできない。

神立 日本はアメリカ・イギリスと仲良くできていたし、両国ともロシアが力を持つことは決して望まなかった。ですから各国の利害関係の結果だと思いますね。

後藤 結局、日露戦争の勝利が後の日本に悪い影響を与えていると思いますね。まず、中国大陸に進出したこと自体が間違いだった。

神立 中国側にもつけいる隙がありすぎたんですよね。

後藤 はい。軍閥時代が続いていて中央政治がなかった。地方の軍閥に対して、イギリスやアメリカ、日本などが独自に干渉、介入していた。

——勝てないと思っていたにも関わらず、太平洋戦争が始まってしまう。

後藤 結局のところ、日露戦争の成功体験の幻影にとらわれすぎていたと思います。企業でたとえれば、創業者は上手くやってきたけれども、二代目がその先代を神聖視するあまり舵取りを間違えてしまうパターンだと思うんですよね。

明治の政治家・軍人があまりにも優秀すぎて、それに比べて昭和の政治家・軍人は見劣りしすぎたのではないでしょうか。明治の人は苦労をして世界の列強に成り上がっていくんですけど、世界列強になった二代目への継承が上手くいっていないんですよね。

神立 明治の人はよく勉強をしていたし、世界を見ていた。

後藤 第一世代の人たちというのは必ず外の広い世界に向かって進んでいこうとする。でも第二世代は内にこもってしまうんです。既得権益を守る態勢に入ってしまいますから。

神立 先ほど後藤さんは、グランドデザインがないとおっしゃった。その通りだし、さらに言えば短期的なヴィジョンもないなと言うのが、今の日本を見ていて思うことですね。最近話題の年金問題をみてもそうですが、上手くいったときのことしか考えていないんじゃないですかね。自らに都合よく物事が動く前提で作戦を立てるのは、大戦後期のマリアナ沖海戦のときでさえ、そうでした。

後藤 日本という国では、太平洋戦争中の陸海軍でも今の政府・企業でも、責任を取るという考え方がないですね。成功してしまえば、下克上の世界では成功者しか残らない。勝てば官軍の理論で、負けたときの責任を誰も取らない。

神立 責任を取らないどころか、戦争責任者が戦後もけっこう政治家になっています。「大和」に関しては、艦長・有賀幸作大佐も司令長官・伊藤整一中将も艦と運命を共にしていますけれども、特攻なんかね、自決した大西龍治郎中将以外、ああいう責任の取り方をした人はいなかった。玉音放送の直前に特攻出撃を命じた寺岡謹平中将などもなにも責任を取っていない。軍令部作戦部長を務め、特攻兵器の開発を裁可した責任者の一人であるはずの中澤佑中将は、終戦のとき台湾にいて、大西中将の割腹のニュースを聞いても、「オレは死ぬ係じゃないから」と言ったといいます。

昭和20年4月7日午後2時23分、「大爆発を起こして沈没する「大和」

後藤 誰かが責任を取らなきゃならないんだけども、取らない。結局のところ、戦争には負けたけれども戦後の経済成長を遂げたところから、自分たちのアイデンティティをどこに置くかというところで、戦艦「大和」や「特攻」というものをまた取り出てきたと思うんですね。日本人として自己肯定をどこにもっていくのか、人によってそれはとらえ方の問題ですけれど、ゆがめられている印象はぬぐえない。そこが悲しいですよね。

神立 右も左も。現実にあったことを、そこで懸命に生きた人たちのことまでふくめて全否定するのも、反省を拒否して負けた戦争を必要以上に美化するのも、根は同じという気がします。

後藤一信(ごとうかずのぶ) 1969年埼玉県生まれ。軍事アナリスト。小学生のときの陸上自衛隊・習志野駐屯地の見学をきっかけに、以来40年、自衛隊を見守り続けている。著書に『自衛隊裏物語』(幻冬社アウトロー文庫)、『ジパング徹底基礎知識』(講談社)、『激闘! 太平洋戦争』(竹書房)がある。また『週刊ヤングマガジン』『週刊モーニング』(講談社)にて、作品の歴史・軍事アドバイザーを務める。
神立尚紀(こうだちなおき) 1963年大阪府生まれ。日本大学藝術学部写真学科卒業。1986年より講談社「FRIDAY」専属カメラマンを務め、主に事件、政治、経済、スポーツ等の取材に従事する。1997年からフリーランスに。1995年、日本の大空を零戦が飛ぶというイベントの取材をきっかけに、零戦搭乗員150人以上、家族等関係者500人以上の貴重な証言を記録している。著書に『証言 零戦 生存率二割の戦場を生き抜いた男たち』『証言 零戦 大空で戦った最後のサムライたち』『証言 零戦 真珠湾攻撃、激戦地ラバウル、そして特攻の真実』(いずれも講談社+α文庫)、『祖父たちの零戦』(講談社文庫)、『零戦 最後の証言彜Ⅰ/Ⅱ』『撮るライカⅠ/Ⅱ』『零戦隊長 ニ〇四空飛行隊長宮野善治郎の生涯』(いずれも潮書房光人新社)、『特攻の真意 大西瀧治郎はなぜ「特攻」を命じたのか』(文春文庫)などがある。