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人工知能時代、投資の神様・バフェットが「大雑把さ」を重視するワケ

経済を委縮させる重箱の隅つつき

コロンブスは木では無く森を見ていた

多くの学者や評論家の詳細な研究には敬服する。たぶんとてつもないエネルギーを費やしているのだと思う。「努力」というのは日本人の好きな言葉であるし、実際、懸命に努力をしている人々を見ると、つい応援をしたくなるのは筆者だけでは無くほとんどの読者の偽らざる心情であろう。

しかし、社会や経済においては良くも悪くも「結果」で評価される。

例えば、よく言われるのが、象の鼻だけを見た人、尻尾だけを見た人、足だけを見た人が思い描く「象」は全く異なるということだ。鼻だけを見た人は「象は蛇のようにニュロニョロと長い生物である」と主張するかもしれない……。

 

しばしば「森を見るのか木を見るのか」という議論がなされる。もちろんどちらも大事なのだが、激しく揺れ動く社会・経済の中を生き抜いていくには「森を見る」事の方がはるかに重要なのだ。

例えば、インド航路を探しに出かけたコロンブス(実際に到達したのはアメリカ大陸。インディアンの名前は、コロンブスが到達した場所をインドだと思っていたことに由来する)にとってどちらが大事であったか考えてみればわかる。航海の途中のある場所の水温・水質・海流などの細かな情報よりも、「地球は丸い」という全体像の方がはるかに大事であった。

今では、地球が丸いというのは当たり前の知識だが、当時はまだまだ多くの人々が、地球は平らで海の果ては滝のようになっており、近づけば飲み込まれると信じていたのだ。

コロンブスがそのような迷信を信じずに森(地球)の全体像をつかんでいたからこそ偉業を成し遂げることができたわけである。