共働きを続けられるのか

スキューバダイビングという共通の趣味を通じて出会い、モルジブ、石垣島、宮古島など各地の美しい海を楽しんでいたふたり。
気が合うと感じて8年前に結婚したが、ふたりは、子どもについて大きく考え方が違った。

出張が多く、普段の帰宅も21時前後と長時間労働をしている直人さんは、「自分に父親としての責任が背負えるだろうか」とためらっていたのだ。

そんな直人さんが、ふと「それなら大丈夫かもしれない」と思えたのは、直人さんとは対照的に楽観的で、子どもを強く望んでいた沙織さんの一言だった。

「妻は『子どもなんて、放っておいても自分の力で育つよ』と言ったんです。僕はその一言で父親になった」

「妊娠するなら早い方がいいだろう」と判断したふたりは、不妊治療で子どもを授かることにした。幸い不妊治療は長引かず、1回目の体外受精で授かったのが、香織ちゃんだ。
 
ところが近所のクリニックで妊婦健診を受け始めたところ、沙織さんが、突然に「今日の超音波検査で『ダウン症の可能性が高い』と言われた」と言ってきた。34歳でまだ高齢妊娠ではなかったが、これによって、沙織さんは高度な出生前診断の対象となる。かかりつけ医から提案された「胎児ドック」を受診しても「50%の確率でダウン症」と言われたので、羊水検査に進むと、結果は「陽性」だった。

それでもこの子を産みたい、と沙織さんは言った。

「胎動が始まると『お腹の中で生きているこの子をあきらめるのは無理。中絶したら一生後悔する』と言い出したんです。それでも『僕は自信がない』と言ったんですけれど、沙織は『それなら、自分一人で育てる!』」とはっきり言いました。もう、そう言われたら、男には決定権はないと僕は思いました。」

スキューバダイビングをきっかけとして結婚したふたり。子どもについての考えは違ったが、香織さんの意見を通した(写真はイメージです) Photo by iStock

産むことを決めたふたりは「どんな生活になるのか」を知ろうと行動し始めた。特に重要だったのは「ふたりが共働きを続けられるか」ということだった。筆者の取材経験から言うと、これは、今、ダウン症児の出産が不安な夫婦たちにとって「最も知りたいこと」のひとつであり、かつ「最もわかりにくいこと」でもある。そこで田口さんたちは、市役所の保育課に行き「ダウン症の子も保育園に入れるか」と聞いてみた。すると「すでに通園している子がいる」と言われたので、ふたりは安心した。

やがて、香織ちゃんは帝王切開で生まれてきた。

「こんな子が妻のお腹にいたのか」

新生児集中治療室に香織ちゃんを見に行って、直人さんは、初めて、命の存在を肌で実感した。

「命の神秘を感じました」

香織ちゃんは合併症の心臓疾患が見つかっていたので出産後まもなく心臓手術を受けたが、経過は順調で、元気で心優しい女の子に育っていった。