昭和を代表する名脇役…怪優・殿山泰司「自称・三文役者」の美学

大友良英×新藤次郎×田口トモロヲ
週刊現代 プロフィール

エッセイの名手

新藤 殿山さんは、もともと銀座の老舗おでん屋「お多幸」の御子息です。ところが、店を継がずに役者の世界に入った。本当に粋人なんですよ。

田口 プライベートでは鎌倉に本妻さん、赤坂に「側近」と呼ぶ女性と二つの家庭を持っていました。それでいて、両方から悪口を言われない。

男としての器が大きい証拠ですが、同時に社会にもそれを受け入れる度量があったんですかね。もちろん今じゃアウトですよ。

新藤 殿山さんは女性にモテましたからね。とにかく優しいんです。好意を見せられたときに絶対に拒否しない。仕事も女性も、来るものは拒まずだったと聞いています。

田口 エッセイでは、700人以上と女性経験があると書かれていますね。その成果の集大成が『日本女地図』という奇書。

全国の女性の身体の特徴を県別に詳しく解説している本で、現代では考えられない企画ですが、一時は東映が映像化しようとしたらしいですから、良い時代です。

Photo by iStock

大友 実は、殿山さんの本はフェミニスト系の女性のなかにもファンが多い。差別的発言をしているようで、優しさにあふれている。そこがモテる秘訣なんでしょう。

それに、誰ともつるまず、一匹狼であることを感じさせる文章も魅力的でした。だから、過激な事を書いても嫌な感じがしなかったのかもしれません。戦時中の軍隊経験で、なにかに縛られるということを徹底的に嫌悪していたんでしょう。

新藤 殿山さんの文章は、父も「あれは殿山泰司独特のもので、自分には書けない」と絶賛していましたよ。

大友 特に文章のリズム感が心地いいですね。まるで、音楽を聴いているような気分になります。白黒はっきり付けられない話を、脱線しながら進めつつ「人間は出会いが問題ですよねミナサマ」と、なんとなく持論を伝える。

東京弁や関西弁、広島弁が一つの文章の中に混在していることもあるのですが、そのバランスが絶妙なんです。とにかく自由なんですね。

田口 それも大上段ではなく、下からモノを見る視点が貫かれている。まさにカウンターカルチャーの視点です。

批評的な内容でも、あえて単語を英語やカタカナにして文章を柔らかくしていました。そうすると、読者も照れずに読める。洗練されていますし、いま読み返しても古さがまったくありません。

新藤 殿山さんは、知識が豊富なのに、ひけらかすこともなければ押し付けることも絶対にしない人です。そういう生き方を貫いていました。

 

大友 晩年はかなり体調が悪かったのに仕事を続けていたと聞きましたが、実際はどうだったのですか?

新藤 アルコール性の肝硬変は持病でしたからね。周りも「死ぬぞ」と、何度も言っていました。私の母(乙羽信子)が一番厳しかったかな。仕方なくカンパリソーダばかり飲んでいたようです。

それでも晩年は腹水が溜まって、お腹がそうとう膨らんでいました。用意した衣装が着られず「ベルトが締まらないからサスペンダーを用意してくれないか」と笑いながら言っていたとも聞きます。最後まで殿山泰司を貫いたことはたしかでしょう。

田口 俳優としても高く評価され、エッセイストとしても花開いた。彼に憧れる役者や書き手は今も大勢いる。それも、マジョリティではなく好事家たちにリスペクトされる気がします。表現者としてはある意味、理想の人生ですよね。

大友 殿山さんは、決して自分を取り繕うことをしませんでした。たとえば、老いを迎えた身体を隠すのではなく、あえてさらけ出すことで生き抜いた。変に背伸びをしないんです。

田口 俳優として上手い人は大勢いますが、それとは対極的に「存在自体が表現」という理想的なタイプだと思います。

大友 いまは国民全員が正しく生きなければいけない雰囲気になっている。殿山さんのように、ダメな部分も隠さない人が生きづらい時代かもしれません。

だからこそ、いまの時代に殿山泰司が必要なのかもしれない。彼の自伝的エッセイは、学校の教科書に採用するべきだと、文科省に強く言いたいですね。

大友良英(おおとも・よしひで)
'59年、神奈川県生まれ。作曲家。NHK朝の連続テレビ小説『あまちゃん』や、大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』の音楽を担当

新藤次郎(しんどう・じろう)
'49年、神奈川県生まれ。近代映画協会の代表取締役。映画監督・新藤兼人の次男。『一枚のハガキ』など、数々の新藤作品をプロデュースした

田口トモロヲ(たぐち・ともろを)
'57年、東京都生まれ。俳優。『プロジェクトX~挑戦者たち~』(NHK)のナレーションや、『バイプレイヤーズ』(テレ東系)で知られる

「週刊現代」2019年7月13日・20日合併号より