漫画『アルキメデスの大戦』より ©三田紀房/講談社

「教えてやる、戦争をなくすのは簡単だ」話題の漫画が試みていること

『アルキメデスの大戦』原作もすごい!
いよいよ封切られた映画『アルキメデスの大戦』。数学で戦争を止める、と豪語する主人公を菅田将暉さんが演じて話題の本作品、原作漫画にも「驚くべき挑戦」があったといいます。作家・河合莞爾氏が特別書き下ろしで解説します!

 漫画『アルキメデスの大戦』とは? 

アルキメデスの大戦

1933(昭和8)年。日本海軍の山本五十六少将は、ある酒席で櫂直(かい・ただし)という風変わりな若者に会う。櫂が東京帝国大学の学生で、数学の天才であることを知った五十六は、ある重要な使命を託すことを思いつく。

それは、現在海軍で進行中の「巨大戦艦建造計画」に隠れた予算の粉飾を暴き出すことだった──
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実は特殊な主人公設定

「教えてやる! 東大は簡単だ!!」
(三田紀房『ドラゴン桜』第1巻カバーより)

ご存じ、大ヒット漫画『ドラゴン桜』の主人公・桜木建二の名台詞だ。その作者、三田紀房氏が現在「ヤングマガジン」(講談社)で連載している『アルキメデスの大戦』が山崎貴監督によって実写映画化され、全国東宝系で封切られた。またまた日本中の話題を独占することは間違いない。

アルキメデスの大戦©2019「アルキメデスの大戦」製作委員会 ©三田紀房/講談社

この『アルキメデスの大戦』なのだが、実は非常に独特な主人公設定になっている。それは「架空の主人公が、過去の歴史を変えようとする物語」であるという点だ。

似た設定の歴史漫画なら他にもある。実在した無名の人物を主人公に据えたもの(岩明均『ヒストリエ』など)や、過去にタイムスリップした現代人を主人公にしたもの(村上もとか『JIN‐仁‐』、かわぐちかいじ『ジパング』など)がそうだ。

だが、『アルキメデスの大戦』の主人公・櫂直は実在の人物ではない。歴史の行く先を知る未来人でもない。そんな主人公が歴史の中に放り込まれ、歴史を変えようともがく物語は、少なくとも私はこれまでに見た記憶がない。かなり珍しい設定だ。

なぜ作者の三田紀房氏は、このような設定を選んだのだろうか?

それはおそらく、主人公の櫂直を作者の思い通りに、自由自在に動かすためだ。実在の人物にすれば、その人物の地位や生涯に行動が縛られてしまうし、未来人にすれば、未来の知識に主人公の発想が縛られてしまう。どちらも作者は避けたかったのだ。

ではなぜ、櫂が自由自在に動けることが必要だったのだろうか? 

それは『アルキメデスの大戦』が、主人公の人生を描く物語ではなく、主人公が歴史に放り込まれることで枝分かれする「もう一つの歴史」をシミュレーションする物語だからだ。

つまり櫂直は、機能としては人間ではなく「シミュレーター」なのだ。そのため櫂に、何物にも影響を受けない、まったく自由なシミュレーションができる設定が必要だった。だから彼は架空の人物でなければならなかったし、未来を知らない人物でなければならなかったのだ。

物語の主人公・櫂直は、巨大戦艦建造の費用を計算し、それが膨大な無駄であることに怒りを覚える。同時に巨大戦艦時代の終焉を見抜き、巨大戦艦が日本を戦争に駆り立てる象徴になると判断する。そして、戦争を止めるためには、まず「大和」建造を止めなければならないと結論する。

そのために櫂は海軍に入省することを決断、海軍内に潜む問題をえぐり出し、「大和」の建造を止める方法を探り続ける。櫂は海軍省でどんどん出世を重ね、アメリカ合衆国との開戦を回避するシミュレーションに着手、胸のすくような痛快な手を次々と打っていく──。これが漫画『アルキメデスの大戦』の醍醐味だ。

アルキメデスの大戦漫画『アルキメデスの大戦』より ©三田紀房/講談社

この作品を読みながら、我々は思う。もし、櫂のような人物が当時の日本海軍、いや日本政府のリーダーであったら、アメリカとの戦争は起きなかったに違いないと。

そして、櫂の活躍に胸踊らせながらも、櫂のいない現実の日本が戦争に突き進んだことを改めて思い知らされ、強い喪失感を覚えるのだ。

だが、櫂直のようなリーダーは、現実には存在しないのだろうか? 彼は漫画の中だけの存在で、戦争を徹底的に回避しようとする国家元首は、現れることはないのだろうか?