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「私大文系に数学は不必要」という迷信が根強く残る3つの理由

日本は世界有数の「数学嫌い」国家だ!
これからは文系でも数学の素養が必須になる時代。にもかかわらず、日本の私大文系ではいまだに「数学不要論」が幅を利かせています。この状況が続いているのには、大きく3つの理由があるようですが……?

文系なのになんで!? 数学が必修科目に

昨年末から本年前半にかけて大学、とくに文系学部における数学の入試や教育に関して、経済産業省、経団連、政府の教育再生実行会議などから数学重視の提言が矢継ぎ早に出されている。

経産省のレポートでは、先進各国における「数理資本主義」を報告する形で数学による経済への貢献が高いことを示し、「第四次産業革命を主導し、さらにその限界すら超えて先に進むために、どうしても欠かすことのできない科学が、三つある。それは、第一に数学、第二に数学、そして第三に数学である!」とまで述べている。

経団連は、「文系学生も数学を必修として学び、リベラルアーツの素養を身に付けるべきである」と訴えている。また政府の教育再生実行会議は、AI時代を見据えて「全ての学生が先端技術の基礎的素養を身につける必要がある」という立場から、文系学部入試で数学を必須化したり、そのカリキュラムを改善したりすることを促す内容を含む第11次提言をまとめた。

それらの動きに呼応するかのように昨年、早稲田大学は2021年度からの入試制度改革を発表し、政治経済学部が一般入試で初めて数学を必須科目にすることが注目されている。

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筆者は1990年代半ばから、日本固有の“迷信”「私大文系に数学は不必要」を過去のものにするために様々な活動を展開してきた。

算数・数学の意義や興味・関心を高める話題を多くの新聞や拙著で述べ、全国の小・中・高校のべ200校以上に出張しての出前授業、あるいは全国の200箇所以上の教員研修会での講演なども行ってきた。

これらの活動は当初より、京都大学経済研究所長を歴任された西村和雄氏らの、日本の将来を見据えての献身的な活動を励みにして展開してきた面がある。

10年ほど前に「大学文系学部入試で数学を選択した人は選択しない人と比べて、社会に出てからの活躍の場は広く、評価されている」という内容の調査結果が西村氏らによって発表されたが、それでも“迷信”には大きな影響を与えるまでには至らなかった感がある。

筆者は、冒頭で述べた経済産業省、経団連、政府の教育再生実行会議などからの積極的な提言や早稲田大学政経学部の入試改革を踏まえても、その“迷信”は根強く残り、大多数の私立大学文系学部の入試やカリキュラムに影響を与えることはない、と考える。

実際、何校もの私立大学関係者にそれら一連の動きに対する反応を問い合わせてみたが、冷ややかなものばかりであった。

実は、そのような皮相な反応の背後には本質的な3つの理由がある。

 

日本特有!? 「文系」「理系」という学問分類

1つは、「文系」「理系」という学問の見方である。日本では、前者は数学をほとんど用いないが、後者は数学をよく用いるという考え方がある。これは、諸外国では理解に苦しむものであり、むしろ「数学そのもの」「数学をどのように応用するか」という見方の方が理解されやすい。

たとえば数学以外の自然科学と経済学を比べるとき、実験という面では大きく違うものの、数理モデルを通して考える状況では同じである。物体の落下を考えるときは落下の公式で検討し、公共投資の波及効果を考えるときは無限等比級数の和の公式で検討するようなことである。