年金は巨大な「国営ねずみ講」だから、負の所得税に一本化すべきワケ

最後は踏み倒される
大原 浩 プロフィール

借金(国債)を本当に返した国は無い

金融機関の経営上のリスクを算定する上で、自国の国債は最もリスクが低いと算定される(少なくとも先進国では……)が、本当にそうだろうか?

例えば、日本の歴史上「徳政令」なるものがたびたび発せられている。庶民もこの恩恵を受けたが、主たる目的は幕府や藩の借金の踏み倒しである。当時の幕府や藩が借金で首が回らなくなっていたからだ。

戦時中の1944年には、国債の発行残高がGDPの2倍以上(現在で言えば1000兆円以上に相当)になったため、預金封鎖が行われ、その調査結果に基づいて財産税が課された。

そして、戦後の激しいインフレーションの中で1946年、新円切り替えと同時に「預金封鎖」が行われた。

江戸時代の豪商たちも後で後悔したと思うが、「絶対金を貸してはいけない相手の筆頭は『政府』」なのである。いくら理不尽に踏み倒されても泣き寝入りすることしかできない。

現在、1944年当時と同じ水準の借金を抱える政府の国債を、無いも同然の低い金利で保有することなど馬鹿げた行為である。

 

日ごろ、官僚・役人や政治家の行いに対する不平・不満・悪口をよく聞くが、その彼らが運営する「政府」を信用すること自体、どうかしている。

筆者が知る限り、国債によって国民や外国人(外国政府)から借りた金を、耳をそろえて返した事例など、少なくとも主要国では存在しない。

新たに国債を発行してその資金で返済するのはよくあることだが、これは「自転車操業」であり、新たに借り換えができなければ倒れるしかない。

もちろん、日本のように1300年も続く政府は例外的(ただし、借金の踏み倒しはしばしばあった)であり、一般的には良くて200~300年、通常は数十年程度の寿命しかない「国家」など信用に値しない。その国家が運営する年金制度に頼ることなど、根本から間違っている。

結局、「借金問題」はほとんどの場合、政府の破たんや踏み倒しによって、「解決」される。いずれの場合も、国債を保有する人々は莫大な損失を被る。

国債も、最初の参加者が莫大な恩恵を受け、最後の参加者が大損するねずみ講なのである。

そもそも、戦時中に発行した過大な国債に苦しんだ経験を持つ戦後の日本では、「赤字国債(借金の返済のために発行される国債)」は厳しく禁じられていた。

しかし、「ねずみ講の胴元」になってがっぽりと儲ける誘惑に抗いきれない官僚・役人・政治家によって、その制限がなし崩しにされ、現在の惨状が引き起こされたのである。