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「安倍外交」とは何だったのか…政権7年間の真価が今問われつつある

結局、「外交での成果」は上がったか

7月21日に迫った参院選。自民党は第二次安倍政権の様々な成果を強調する。とくに「安倍外交」は政権の看板政策だが、その外交分野において、本当に成果が上がったと言えるのか。そもそも「安倍外交」は何を目指したのか。上智大学の宮城大蔵教授が解説する。

「安倍外交」が目指したものとは

7年近くに及ぼうとしている第二次安倍晋三政権だが、積極的かつ力強い外交は「アベノミクス」と並んで政権の看板であり、安倍首相自身も「外交の安倍」を自負している。第二次政権における外交(それを「安倍外交」と呼ぶことにする)には、どのような特徴があるのだろうか。

7年近くになる第二次政権を振り返ってみれば、一つには、第一次政権で未完に終わった課題の推進が重要なテーマであった

安倍首相は、占領期以降では異例の「再登板」を果たした首相である。昨今の「安倍一強」の印象があまりに強くて、もはや忘れられがちだが、第一次政権で安倍首相は事実上小泉首相から後継指名を受け、若き保守のプリンスとして華々しく登場した。しかし相次ぐ不祥事や、「お友達内閣」と揶揄された政権内における統制の緩みもあって、2007年7月の参議院選挙では大敗を喫して「ねじれ国会」に陥る。

第一次政権時代の安倍氏〔PHOTO〕Gettyimages

小沢一郎代表が率いる民主党は「ねじれ」を武器に安倍政権を徹底的に追い詰める戦略をとり、時限立法として制定されたテロ対策特別措置法の延長は絶望的になる。実際には体調の悪化が大きかったわけだが、安倍首相は「新たな総理の下でテロとの戦いを継続していく。それをめざすべきではないか」と述べて退陣したのであった。

安倍首相は民主党政権を「悪夢」と呼ぶのが定番だが、こうしてみれば安倍氏にとって民主党とは、確かに悪夢と同義語であってもおかしくない。

 

未完のテーマであった安保法制と靖国参拝

第二次安倍政権における外交・安全保障面での大きな出来事は安保法制だが、安倍氏にとっては不本意な形で終わった第一次政権からの捲土重来という意味もあったのかもしれない。従来のイラク特措法やテロ対策特措法が時限立法であったのに対し、安保法制は恒久法であることが大きな特徴である。

第一次政権における退陣の経緯を踏まえれば、安倍首相が与野党の合意形成によってその都度、特措法を制定するといった政治手法に不信感を抱いてもおかしくない。また、野党に対する徹底的な軽視と対決姿勢も、この経験から来ているところが大きいのであろう。

第一次政権で果たせなかったものに、靖国神社への参拝もある。安倍氏は首相への再登板を果たすと、第一次政権で参拝を見送ったことについて「痛恨の極み」と述べ、第二次政権発足から1年目の節目となる2013年12月に参拝する。だがこれには中国や韓国のみならず、アメリカ政府からも強い懸念が示され、これ以後、安倍首相に参拝の気配はない。

また、ここまでハードルが上がってしまうと、首相による参拝は現政権以降も難しいのではないだろうか。安倍首相の参拝によって以後の参拝が困難になり、結果として靖国神社をめぐる問題が鎮静化したのだとすれば、いささか皮肉なことにも思える。