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明和九年は「めいわく年」…元号の歴史は、ほとんどダジャレだった

そんなくだらない理由で、改元ですか

ぜんぶで248の元号

今年は改元という歴史的な節目に日本中が沸いた。新しい元号「令和」の名が史上初めて、日本の古典である万葉集から引用されたことも注目を集めた。

そもそも元号を中国の歴史書に依拠してきたのは、元号そのものが中国発祥だからだ。前漢の7代皇帝・武帝が、自らの即位した翌年(紀元前140年)を「建元」元年と定めたのが始まりだ。

大昔から王の治世をもって「○○皇帝の1年目、2年目……」と数える国は多かった。しかし、王の名前とは異なる「良い意味を持つ漢字」を当てて、その漢字が持つ意味を重ねたのは武帝の発明だった。とはいえ、発祥国の中国も清の終わりに元号の使用をやめており、いまや元号を使っているのは日本のみだ。

 

日本最初の元号は大化の改新で知られる「大化」。そこから現在の「令和」まで全部で248の元号がある。歴代天皇は、大化の孝徳天皇から数えて91代。元号の数が天皇の代数を大きく上回るのは、天皇の代替わりに合わせて改元する「一世一元制」になったのが明治以降であるためだ。過去には天皇の在位中にも改元が繰り返されていたのだ。

改元の理由はいくつかある。まず「世の中にめでたい印が出現した時に改元する」というもの。国内で金が取れたり、珍しい白い亀が献上されたりしたら改元した。

逆に縁起の悪いことが続けば、やはり改元した。やがてこれがエスカレートして、元号の漢字そのものから不吉さを感じ取り、「この元号の文字は縁起が悪い」という理由で改元されるようになる。

中でもこじつけとしか思えないのが江戸時代、1764年から施行された「明和」の改元だ。

明和元年、2年、3年……あたりまではよかった。やがて明和8年まで来ると、「明和9年、迷惑年に通じる」という噂が流れ始める。そしてまさにその明和9年、「目黒行人坂の大火(明暦・文化と並ぶ江戸三大大火の一つ)」という大火事があったので、改元されたのだ。

もはやダジャレだが、「言霊の国」日本らしい改元理由である。(羽)

『週刊現代』2019年7月27日号より